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秘密保持契約書の審査マニュアル⑥(第1条①:秘密情報の定義)

BtoBの製造業の上場会社において、法務として働いている筆者が、企業法務10年の経験を踏まえて、自分のために又は企業法務に配属されたばかりの方向けに秘密保持契約書の審査マニュアルを作成する。

今回は、第6弾として、「第1条①:秘密情報の定義」について、考えてみる。


1.何が「秘密情報」なのか

秘密保持契約では「開示された秘密情報を第三者に開示してはならない」というのが主な内容であるが、「そもそも何が秘密情報なのか?」が不明確だと、何の情報を第三者に開示しないように気を付けなければいけないのかもわからなくなる。

そこで、できるだけ「何が秘密情報に当たるのか?」を明確にするために定義する。

一般的に、秘密情報の定義については、情報を開示する当事者(以下「開示者」という)としては、開示したすべての情報を保護してもらいたいので、秘密情報の範囲を広くすることを望み、受領する当事者(以下「受領者」という)は、できるだけ守秘義務を負う範囲を狭めたいので、秘密情報の範囲を限定することを望む傾向がある。

【具体例①:開示方法による特定】
第1条(秘密情報)
1. 本契約にいう「秘密情報」とは、開示者が受領者に開示又は提供した技術又は営業に関する情報のうち、次の各号の一に該当するものをいう。
(1) 秘密である旨を表示した書面(電子メール等の電磁的方法により送付されたデータを含む。以下同じ。)又は対象の情報が記録された有形の媒体(情報記録媒体及びサンプル・試作品を含む)によって受領者に提供されたもの
(2) 口頭又は視覚的手段(プロジェクタ又はウェブ会議による表示を含む)により開示された情報であって、開示の際に秘密である旨が明示され、かつ、開示後30日以内に対象の情報の内容を書面に取りまとめ秘密である旨を表示して受領者に通知されたもの

現在の実務においては、上記の具体例①のように、秘密である旨を明示することにより秘密情報を特定する規定が一般的となっている。

(1)受領者からの視点

受領者からすると、守秘義務を負う範囲を制限したいので、秘密情報の範囲をできる限り限定したいため、具体例①のように、秘密である旨を表示した情報に限定したい。

「秘密である旨の表示」というと書面などのような有体物だけのイメージがあるが、具体例①のように、書面などの有体物のみならず、口頭などの無体物として開示された場合も、書面として特定するのが一般的である。

(2)開示者からの視点

その一方で、開示者としては、開示したすべての情報について守秘義務を負ってほしいので、秘密情報の範囲をできる限り広く定義することが好ましい。

【具体例②:広く定義した例】
第1条(秘密情報)
1.本契約における「秘密情報」とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報をいう。

具体例②のように、開示方法により限定せずに、「一切の情報」といった包括的な記載を用いて定義することで、広い範囲の情報を秘密情報として保護しようとすることがある。

しかし、具体例②の場合、受領者としても、開示者から受領した一切の情報を秘密情報として取り扱うことは容易ではなく、本当に保護してもらいたい情報に関する秘密管理が不十分となる可能性があるという意味で、秘密管理の実効性が乏しくなる可能性がある。

また、実際に訴訟となった場合、訴訟で問題となった情報が、秘密保持契約における秘密情報に該当するかどうかが争点となったときに、当事者間で長期にわたって情報がやりとりされたり、開示する情報について秘密性の程度がまちまちであったりする場合には、保護の対象とされる情報の特定が不可能であるとして有効性を争われたり、裁判所が秘密情報の範囲が限定的に解釈することで、結果的に開示者にとって保護してもらいたい情報を保護されない可能性もある。

例えば、東京池判平成29年10月25日(平成28年(ワ)第7143号)では、「機密事項として指定する情報の一切」の解釈が争われ、裁判所は、退職者が機密保持義務を負う範囲を、不正競争防止法上の営業秘密類似の要件で判断した。

したがって、具体例②のような規定は、実務上散見されるが、なるべく避けた方が良いと考える。

2.具体例①の注意点

では、具体例①のデメリットがないかというと、そういうわけではない。

具体例①の注意点としては、秘密情報の定義に従った方法により情報を開示しなけれなければ、秘密保持契約に基づく保護を受けられないことが挙げられる。

例えば、東京地判平成19年11月27日では、秘密保持契約で秘密保持の対象を「秘密情報である旨が明示され、最終的に書面化されたもの」に限定しているという事案において、このような限定から外れた情報について秘密保持契約上の秘密保持義務と同様の守秘義務を発生させる黙示の合意の成立を認めることは困難としている。

そのため、秘密保持契約における秘密情報の定義に従った情報開示を行わない限り、秘密保持義務を発生させることは困難であるため、秘密保持契約に従った情報開示を徹底させることが必要である。

特に、口頭で開示する場合、以下のように「①開示の際に秘密として明示すること」と、「②開示後○日以内に書面で秘密と表示すること」が必要となるため、開示方法に従った情報開示をする必要がある。

(2) 口頭又は視覚的手段(プロジェクタ又はウェブ会議による表示を含む)により開示された情報であって、開示の際に秘密である旨が明示され、かつ、開示後30日以内に対象の情報の内容を書面に取りまとめ秘密である旨を表示して受領者に通知されたもの

3.おわりに

以上が秘密保持契約の「第1条①:秘密情報の定義」についてです。
次回、「第1条②:秘密情報の例外」について更新していきたいと思います。

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