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歴史漫画『ヴラド・ドラクラ』

ドラキュラ伯爵を知らない人はほぼいないだろう。
日の光を嫌い夜しか生きられない、十字架やニンニクが苦手、杭を打たれると絶命する。他にも書ききれないほど奇妙な設定をたくさん持ったこの怪物は、ブラム・ストーカーの小説から有名になった。
今では映画に漫画にゲームと引っ張りだこで、未読な人間にすらドラキュラは身近な存在である。むしろ出会わずにいられるのが無理というものだ。

しかし、その中でいったい何%の人間が、とある歴史上の人物を参考にして生まれたキャラクターであると知っているだろうか?

それが遥か昔のルーマニア、ワラキア公国を治めたヴラド三世である。

私が今回紹介する『ヴラド・ドラクラ』は、そんな彼の希少な歴史漫画です。
布教用に書いたnoteなので、一応ネタバレは最小限に留めています。
これから読む人もご安心ください。

ヴラド三世という男

ワラキアは当時、ハンガリーオスマン帝国の間に挟まれた小国であった。
そこの次男として生まれたヴラド三世
彼の人生は、ブラム・ストーカーの小説の奇天烈な吸血鬼設定に頼らずとも、ドラマティックで面白い。まさに事実は小説より奇なり。

この漫画では、彼の二度目の即位からスタートしている。
ちなみに一度目の即位は、戴冠式をする間もなく引きずり落とされている。何せ幼少期からオスマン帝国で人質として過ごしていた男なので、キリスト教圏には当然オスマンに洗脳された刺客と疑ってかかられた。父と兄が暗殺されたばかりなこともあり、祖国に信頼できる味方がいるわけもない。
すぐに公位を追われた彼は、叔父のいる隣国モルダヴィアに辛くも逃れ、一命を取り留めるのが精一杯だった。
このとき、まだ17歳の若造である。致し方ない。

そこから数年後ハンガリーの支援を受けて、彼は再びワラキアに帰還したわけだが、それでも頼れる味方は従兄弟シュテファンのみの再スタート。
地元貴族たちも「公は所詮、お飾り」と言わんばかりに、サインだけでいいですよと舐め腐りまくり。
ヴラドは国のトップなのに教会に行く自由しかない状態だ。

そんな酷い状況から、ジワジワと国を掌握していくヴラド三世の手腕がとても面白い漫画です!

味方を少しずつ増やしながら、威張り腐った貴族どもの裏をかき、逆境もチャンスへ変えていく。
ときには思い切った手を使い、問答無用で黙らせて勢力を広げていく、その姿に痺れてしまう。

さらに、この漫画のヴラドの表情筋はほぼ死んでいるので、物語も淡々と進んでいくのだが、そこがまたとてもいい。
たとえば、「もうひと皿お召し上がりになりますか」と、人間の指が入った料理を客人にお出しするシーンがあるのだが、そこでも彼の表情は恐ろしいほど死んでいる。皮肉げな笑みすら浮かべていない。
彼は常に理性の人であるが、もうここまでくると苛烈な手段を楽しんでいる狂人に描いてもらったほうが返ってマシに見えるというものだろう。
はっきり言ってドラキュラ伯爵より怖いぞ、この男!
しかし別に彼は感情がないというわけではない。
だからこそ、そんな彼が心から微笑む瞬間が、とても映えるのである。
いつ彼が微笑むのかは、読んでからのお楽しみ。

宿敵が征服王メフメト二世という豪華なキャスト

国内を完全掌握したところで漫画は終わらない。
ヴラドは兼ねてより迫っていた外交的危機についに直面することになる。

オスマン帝国の若きスルタン、征服王メフメト二世。
あのコンスタンティノープルの陥落で、ローマ帝国にとどめを刺して白人たちを涙目にし、今のトルコ首都イスタンブールを作りあげた凄いヤツ。
そんな彼が満を持して、最強部隊イェニチェリと最新兵器を率いてワラキアへ侵攻してきたのだ。

そう、実はヴラド三世、このメフメト二世と同じ時代の人間なのである。
私も「そうだったっけ!?」とこの漫画を読んで初めて知ったので、嬉しい登場であった。
『オスマン帝国外伝』でもスレイマンが尊敬する先祖としてよく話してくれたので、この漫画で勉強しよう!と思って手にとったが最後、見事に沼ってしまったわけである。

そういうわけで、少年期にオスマン帝国で人質として暮らしていたヴラド三世は、まだ皇子だったころのメフメト二世にマニサで出会っていたのだ。
少なくとも、この漫画ではそういうことになっている。
彼らは年もそう変わらず、教養もあるので、出会ってしまえば結構気が合っただろう。
さらに文学オタクで西洋趣味に傾倒していたメフメトだ。ローマ時代の面影を残したアヤソフィアの姿を今日も見ることができるのは、間違いなくそんな彼のおかげなのは言うまでもない。
だからこの漫画のメフメトは、ヴラドのことも大層気に入り、友人として気にかける姿まで見せている。

しかし、一方はイスラム教徒で、一方はキリスト教徒。
そして、ヴラドは人質や臣下に甘んじ続けるほど、安くない男だった。

もうね!この二人の因縁が本当にスレイマンとイブラヒムの友情の前日談みたいな感じで、切なくて仕方ないんですね!
曾祖父メフメト二世の夢を受け継いだスレイマン、しかしヴラドの選択は正しかったのだとイブラヒムの結末がこれ以上なく証明してくれている。

というわけで『オスマン帝国外伝』ファンも読んでください。
お願いします。

ちなみにメフメト二世の登場は3巻からです。
5巻でヴラドVSメフメトの決着がつきました。

発売したばかりなので、ぜひ全5巻読んでください。お願いします。



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