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教育熱心な親による、子どものための教育録 #01

6月23日は蒸し暑い日だった。
家に帰り、手を合わせ、いつものようにおいしい夕飯を食べた。
満腹感を感じながら、「今日は何をしようか」と考えていた。我が家の平和な日常である。

ただ、今日はいつもとは違う、新しい日常の足音が聞こえていた。

「陣痛の間隔が短くなった」と、嫁。
「どどどどうしよう」と、慌てるワイ。

「お湯入りペットボトルがあると良いらしいから作るわ」と、嫁。
嫁はすぐさまペットボトルに熱湯を注ぎ、テーブルに置く。その間、わずか1秒。

しかし、置くと同時に倒れるペットボトル。飛び散る熱湯。
ボーゼンと立ち尽くすワイ。

ペットボトルを見ると、底がドーム状に膨らんでいた。綺麗な球状だった。
当然の惨劇である。

お互い、動揺の色を隠せていなかった。

それから、私は20時間という長い時間をただひたすら待つことになる。
その間、何もできない男の無力さを痛感させてもらった。

翌24日、14時54分に息子は産声をあげた。
母子ともに健康。とにかく嬉しかった。

実際に子どもの顔を見て、泣き声を聞いて、柔らかい肌に触れて、小さな鼓動を感じた。
親として生きること、そのダンコたる決意ができた瞬間だった。

「子どもの顔を見てから名前を決めよう。」
あらかじめ決めていた候補の中から名前を選ぶ。これは嫁と決めていたことだった。

子どもの顔を見た2人の意見はほぼ一致していた。
息子の名前はすぐに2択まで絞られた。

何度か意見を交わし、息子の名前が決まる。
「澄んだ心、”怜”だね。」

あれから1年の歳月が経つ。
2023年6月24日の今日、思い立ったかのように記事を書いている。
私たち夫婦が、家族として、最高のチームとして、この1年間子どものことを考え、実践してきたコトの軌跡を書きなぐるだけの記事である。
(何かの役に立てれば幸いである。)

これから結婚を考えている人、子供が生まれる人、すでに子どもがいる人…
自分のために、家族のために、そして何より子どものために、より良い環境をつくりたいと考えるすべての教育熱心な親に向けて。


私は、行き当たりばったりの人間だった。

怜が生まれる前、嫁はせっせと産後の準備をしていた。
一方、私は頼まれたこと以外の準備はしなかった。当然、心の準備もできていない。

アリとキリギリスで言う緑色の方である。

突然の陣痛報告に動揺した。
ペットボトルを片付けたあと、何をしたら良いか分からなかった。
何も考えられず部屋の中をウロウロしていた。

なんとなくで物事を決めて、気分で行動する。直感こそがすべてだった。
私には”計画性”というものがなかった。

学生時代は遅刻未遂多数。夏休みの宿題は最後までとっておくタイプ。
想定外のことには対応できない。アドリブなんてもってのほかだ。

親になって気づいたことだが、子どもはいつも想定外の行動をする。
すぐに終わると終わっていた離乳食。突然泣き叫び、食べ終わるまで1時間かかる。
寝る時間。眠れなくて怒りだし、落ち着かせて寝かしつけるのに1時間を要した。

思うようにいかない。イライラする。
次の予定が詰まっている。慌てる。

ストレスを溜めては嫁とよくケンカになった。
怜がハイハイをしはじめた、4月がピークだった。

「子どもがいて幸せなんじゃないのか?」
なにかがおかしいと感じていた。

夫婦喧嘩をするたびに話し合い、その記録を残すことにした。
記録する内容はケンカの原因と解決すべき問題、そして実行する解決策だ。

しかし、ケンカの数が多いときは、すべての解決策を実行することができなかった。

実行した解決策が、的を得た解決策ではなかったということもあるだろう。
そのせいで何度もケンカした。部屋の中には嫌な雰囲気が漂っていた。

ただ、ケンカを重ねるごとに、解決すべき問題が段々と見えてきた。

解決すべき問題。
それは「余裕のなさ」だった。

精神的な余裕がないから、些細なことでイライラする。
時間的な余裕がないから、日常が慌ただしく感じる。

すぐに気づいたわけではない。
だが、やっと見つけた。

その問題の解決策は、すぐ頭の中に浮かんできた。
それは「計画を立てること」だった。

そのとき読んでいた本が、たまたま「ストーリーとしての競争戦略」だったから、なのかもしれない。
この本は競争戦略の本なのだが、あらかじめ物事の進め方を考えておくことも重要だと、自分なりの解釈をしていた。

事前に計画を立てるメリットには以下のものがある。
・迷いや混乱の最小化
・リソースの適切な配分
・想定外の出来事によるリスク軽減

つまり、より効果的な行動ができるようになるということだ。
前もって準備ができる。それはすなわち、「余裕を生むこと」に直結する。

私が計画を立て始めたのは、桜が散った4月の中ごろだった。
本来であれば、もっと早く計画を立てておくべきだったのだろう…。

結婚前か、結婚してすぐか…。
残念ながら、4月が私の最速だった。

計画を立てるにあたり、まずは家族としてのゴールが必要だった。
目的地が定まってなければ、ルートも移動手段も、何が正しいか判断できないからだ。

まずは行動の正しさを判断する基準がほしい。
だから、まずは我が家のゴールとして「理想の状態」を定義した。

我が家の理想の状態



この内容をもとに、これから何をやり何をしないかを決め、戦略ストーリーマップに落とし込んだ。

我が家の戦略ストーリーマップ



ちなみに、ゴールも計画も修正することに何ら問題はない。
今必要なのは、現時点における自分の中で納得できるゴールと計画だ。

これらを作り終えたあと、年間予定を立てた。
やるべきこと、やりたいことをリスト化し、いつやるかを決め、Googleカレンダーに予定を書き込んだ。

そして、我が家の中で予定の立てやすい休日前の毎週金曜日に、次の週の予定とタスクを決めることにした。
予定はGoogleカレンダー、タスクは裏紙に書き出して管理している。

タスクは特にやらなければならないことや重要なことをメインで書く。
できたらチェック、できなかったら次の週に持ち越しという具合だ。

ちなみに、すべて行動がゴールに直結していることが望ましい。
ゴールに直結していることこそが正しい行動だからだ。

さらに言うと、予定やタスクの数、やるべきことややりたいことの数は可能な限り最小化すべきだと考える。
これは、そこらかしこで言われている”選択と集中”の考え方だ。

人はもっと、重要なコトだけに時間を使うべきだと思う。
その重要な時間を確保したうえで、時間的な余白を作っていく。

我が家ではこのように計画を立てることにした。
すると、私たちの生活は一変した。

何が正解か分かる。言い争いになりにくい。
いつ、何をすればよいか分かる。融通し合える。

ゴミで埋もれていた部屋が一気に片付いた感じがした。
綺麗で、部屋の隅々まで見える。そんな余白ができた。

そのとき、我が家を取り巻いていた居心地の良くない悪い雰囲気は消えていた。
夫婦喧嘩がなくなったのだ。

この経験を通して、私の中の考え方は180度変わった。

「計画がないなんてありえない。」
「ゴールがないなんて信じられない。」

小さなことでもゴールを考え、その計画を立てる。
その重要性を、嫌というほど理解した。

生まれ変わったと言っても過言ではない。


「余裕がない」
「何をしたら良いか分からない」

今思うと、今までずっとそうだったような気がする。

そんな状況に、うすうすは気づいていたのかもしれない。
でも、何もできなかった。

何もしなければ何も変わらない。
何かを変えたければ、何かを捨てなければならない。

何かを捨てなければ、何かをはじめることはできないからだ。

カバンの中の空間と一緒。
どんな貴重なものも、ガラクタも、空きスペースがなければ入れることはできない。

子どもが生まれて、親にさせてもらった。
親としての責任をしっかり果たそうと思った。

そのためには、自分の選んだ道を正解にすること。
その力が必要だ。

私はこれからもゴールを決め、そこにたどり着くための計画を立てる。
選んだ道を正解にしていく。

これが私にとっての正解だ。

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