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その視線にドキドキな朝。

おじさんが、こちらを見ている。

朝の通勤電車である。それなりに満員な車内で、隣のおじさんが完全にこちらを見ている。なんなら上半身をひねって、しっかりこちらを見ている。しかも、ある程度の時間ずっとそのままである。

こういう時、目を合わせてはいけない…というか、目を合わすことができない。これは、きっと過去の経験から学んだ防衛機能なのだろう。あれは中学生の時。部活からの帰り道、とぼとぼと一人帰っていた時のことだ。


歩道のない狭い道があり、後ろから車が来てないかなーと振り向いたら、そこには車ではなく自転車に乗っている高校生がいた。そして、不意に目があってしまった。

こういう時、自分でも不思議なことに、その人から目が離せなくなる。頭の中で「あれ、この人知ってる人かな?」とか「あれ、なんか用がある人かな?」と考えてしまうからなのか、目があったままフリーズしてしまう。

そのフリーズした状況を破ったのは、高校生から出た言葉だった。

「なに、見てんだよ。」

この瞬間、血の気が引いた感覚は今でも思い出せる。「なんか文句あんのかよ。」と、全然優しくない言葉が続く。

動揺を隠そうとした私は「み、見てないですよ。」と苦し紛れの言葉を返す。いや、それは嘘だ。見てたは見てた。ガッツリ目が合ってた。そして記憶の引き出しをがっちゃんがっちゃん開けては閉めてをしていた。

こういう時はとにかく謝るんだ!と思いつき、「(見てないですけど、いや見てたけど、別に文句があるとかじゃなく、単純に脳が止まっただけなんですけど、まぁ、それで不快な思いをしてしまったというなら)すみません。」と続ける。

それでも高校生から解放されない。もう、あなたも家帰る途中でしょうよと。早く帰ろうよ、お互い。

その緊迫(?)した状況を打破したのは、どこからともなく聞こえてきた音だった。

「プアーーーーーーー!!」

車のクラクションだ。

歩道のない狭い道である。そんなとこで人が二人立ち止まってたら、そりゃ車も通れない。

クラクションを鳴らした車のウインドウがあき、中から本気でこわそうなお兄さんに睨まれている高校生。車道側に止まっていたわけなので、車を邪魔してるのは高校生だった。

さっきまでこちらを追い詰めにかかっていた高校生が、めちゃめちゃ小さな声で「す…すいません。」と言っている。

車が去った後、恥ずかしい思いをした八つ当たりをする様にこちらに視線をなげかけ、去っていく高校生。

なんか知らんが助かった。というか、目の前で弱肉強食を見た気がした。


そんな経験もあってか、とにかく他人と目を合わせるのがこわい。また「なに見てんだよ。」って言われたらどうしようと思う。

そんな事を考えてると、突然おじさんが動き出した。さっきまで微動だにせずこちらを見ていたおじさんが、ゆっくりゆっくりと動き出した。

そして、反対側を向き全く同じポーズで止まった。

あ、おじさん。

それ、あれですね。

いま、ストレッチしてますね。腰の。

おじさんは次の駅で、ダッシュで電車を降りて行った。スタートダッシュをかちこむための準備運動だったらしい。

朝の通勤電車に平和な空気が戻る。平和じゃなかったのは私だけなのだが。

はー、ドキドキした。

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