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ジョン・ドウ『セブン』より

「私は特別ではない。でも、しようとしている事は特別だ。」

映画のおかげで彼は有名だな。計画者。悪の特徴、衝動性とは無縁の男。計画を練るのも、出来事を大きく育て、後の世に残す為。人の記憶に残りたい。自分にしか達成し得ない使命を全うしたい。高尚だとも、むしろひどく低俗だとも思える。上のセリフの通り、彼に個性的な部分が見えない。だから、あまり書きようがないんだけど、少し強引にでもしがみついて書いてみよう。

モラルの腐敗したニューヨークで、不可解な殺人事件が起こる。屠畜前の豚の様に太った男が椅子に縛り付けられ、排泄物を垂れ流しながらパスタを貪り、死んでいた。街の惨状に嫌気がさした老刑事サマセットは、危険を感じながら、功を焦る若きミルズ刑事に導かれ連続事件に巻き込まれていく。「強欲」の弁護士、「怠惰」の前科者、どんどんと死体が上がり、その殺害方法、様式から、キリスト教の七つの大罪に基づいて行われていることに気がつく。「傲慢」「肉欲」ピースは埋まっていき、ついに犯人が自分から姿を現す。「嫉妬」と「憤怒」のキャストが空欄のまま死体の引き渡しを提案し最後の場面へと移るが、それはジョン・ドウの罠だった。

非俗、凡俗、世俗を否定し、神秘的で、権威的、選民的で、妄想型。主人公たちが苦しむひどい世の中を、正そうとする。向いている方向は、同じ。正義を自称する悪党だ。

特徴は悪役らしさの無さ。悪役の持たないもの、いや、悪党に向かないものを持ってる。熟成した計画無しに事の成就はないことを知っている。周到に準備をし、「怠惰」ビクターを捕らえてきっかり一年後に、警察に踏み込ませる。刑事達の裏技で自宅に押し入られた事は、予想外の出来事だったろう。そこで計画を修正。「嫉妬」のキャストに自分が収まる。アドリブも効く。サマセットの指摘する通り、忍耐強い。

こういう人間は、悪党にならない。悪辣だとしても、社会で上手くやる。

しかし彼は人を超越しようとした。血を必要とした。その一方で、嫉妬。計画を完遂する時に、自分さえその一部にしてしまう。これは自己犠牲なのか?自己犠牲は、他の為に己の命を投げ出す事。彼は自分のした事が、一つの宗教的シンボルになる事を予測していた。巡り巡って人類のため、という事か。それなら、自分を罪を贖う罪人の側に立たせたのはどういうことか。やっぱり成立してないよな。

罪人と看做した人間への尋常ではない残虐性。捕らえ、弄び、死に追いやる。神の様に振る舞う。

悪役には、自分の持っている世界の実現を目指すタイプがいる。欲望や金ではなく、理念の実現。彼がそうだ。ノートが何よりの証拠になる。自分にだけ見せる為のメモ書き。自分がこうだと早合点した形に、世界を押し込めたい尊大で傲慢な人間。世を正そうとはしている。偽悪者を自覚する男。

踏み込んだ家にある、数々のオブジェクト、蒐集品、記念品。写真。ただし、そこには手掛かりがない。指紋もなく、個人に関わるものが何もないからだ。

「私が見せしめをした。私のしたことを人々は考え、それを学び、そして従う。永遠にな。」

自律の無い人間に嫌悪感を持っているらしい。そして意味もなく地上を這い回り、何もなかったかの様に消えていく事に嫌気がさしている。ジョンは見てくれやら家具の配置やら、状態ではなく、行為によって己を示そうとした。個は行為にあるってね。これ自体は面白い。

そして、絶望のラスト。このラストの酷さは置いといて、感じたことを書こう。

身も蓋も無い事を言うとすると、なんでそんな無意味な事をするんだと、思う。ダンテに倣って罪人を地獄に落としても、世界の温度は変わらない。

マッチ棒で作った山は、高い程、山頂に無意味さが尖る。彼はその無意味の中に、意味を見出してるわけだけど、まあそれは善人も同じ。全ては幻想だ。生物が地上を歩くのに必要なのは酸素だ。愛と正義じゃない。

それでも、どの空耳を信じて、どの虚像と踊るのかを決めることが生きるって事には違いない。

彼は妄想の亡霊を、他人の子宮を使ってこの世に産み落とそうとした。死体で作る山に、神を囲おうとした。

正直、羨ましくもある。ここまで、自分の嘘を信じ込める人生。疑いは一つもない。この自己肯定を、自分の内のどの源泉から汲み上げているんだろう。

いかにこの世を地獄だと見做して、餓鬼の表情を真似ようと、世界は世界だ。世界はまだ終わらない。月曜日の次には、火曜日が来る。リンゴの木が、リンゴを実らせる。

彼らの誤算とその精算。悪役である彼らの誤算による破滅を横目で見ながら、正確な定量で生きる毎日に、かくれんぼで1人取り残された様な計算違いを感じざるを得ない。じゃあ彼らのマネを?馬鹿げてる。

自分だけの嘘を信じ込めなきゃ、それまでだ。他人の正論で、大恐慌の果てまで御破算だ。

「生きているだけで大したもんだ。君はそれだけで輝かしい。」
「生きているだけなら、バカでも出来る。さあやれ、お前なら出来る。」

いい歳して、今日もこの矛盾の溝から抜け出せずに突っ立っている。そしてそれぞれ違う天国からやってきた救済の天使に、体を半分に引き裂かれるってわけだ。

いいや、実はそれはもうやめた。確かな暗証番号を作るなら、錠の方から開けられにやって来るさ。

恐れたものは凡俗化、埋没。彼は勝ったから、弱点は難しいけど、自分の脳に住んでいたこと。

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