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違う時間を生きるものたち

昔住んでいたアパートで、廊下を歩いている私の横をトンボが通り過ぎて、そして数メートル先でぽとりと落ちた。近づいて見てみると、トンボは死んでいた。
さっきまで羽ばたいていたのに。昆虫の死はこんなに突然訪れるものなのかな、と驚いたのを覚えている。

フェンスに留まったカマキリが、その鎌を空に伸ばしたまま死んでいるのを見たことがある。

動作の途中、生活の途中、生きていたその途中で死んでいる昆虫たち。
生きている途中に死が訪れるなんて当然で、それこそが死なんだけど、なんだか本当に不思議だった。
私と彼らでは、流れている時間の速さも、触れている空気の粘度も違うのだなと思った。

私は昆虫が好きで、だから彼らの一生の終わりの部分を見るのはつらい。
細い葉を抱く脚や、風に揺れる羽が、だんだんボロボロになっていく様子を見るのはつらい。

あんなに繊細なつくりをしている昆虫たちが、それでも逞しく生きた証がそのボロボロの羽だとわかっているけど。最後まで生きたということだと。

空に手を伸ばしたまま死んでいたカマキリのことを、たまにふと思い出す。
体から力が抜ける感覚はあったのかなとか、空はどんなふうに見えていたのかなとか。虫もだんだんと目が見えなくなっていくのかな、とか。

窓際で跳びはねる小さなクモを見ながら、小さな生き物たちについて考えていた。

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