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私が「教育」をおこなう理由をまとめてみた③~目指す社会像と学校教育の役割~

Facebookのタイムラインで流れてきた、かの話題のカリスマ校長先生、工藤勇一さん主催の「学校をよくするために教育について工藤勇一と本気で語る会(本気で語る会)」(仮称)に応募した時のエントリーシートを公開していっています。

前回は、2章を公開しました。

今回はそのシートの3章の部分を公開します(4章は最後の、嘆願みたいな文章なので割愛)。これですべて。

以下が、この会の概要

 「よりよい学校をつくりたい」という強い思いを持って日々努力している教育関係者は全国にたくさんいます。そうした方々を支援すべく、講演や出版、SNS等の形など、私なりの方法でこれまで活動をしてきましたが、今回は、新たな取り組みとして、先生自身が直面している課題とその解決に向けた戦略について、共に検討することができる実効性のある支援の場を作っていきたいと考えています。
そこで「学校の当たり前をやめた」の編集を担当してくださった時事通信出版局の坂本建一郎部長と共に施行的にではありますが、このような会を立ち上げることとしました。
学校のあり方が変われば社会が変わり、世界が変わります。
日本の学校の最大の問題は、関わる人々の当事者意識が失われていること、そして、多くの教育活動において、手段が目的化していることです。
誰一人置き去りにすることなく、皆がOKといえる社会を実現するためには、日本全国の学校で、最上位目標に向けて対話と合意形成をする経験を重ねて、社会を創る経験を重ねることが大切です。
そのことに本気で取り組み広めることのできる教員を増やしたいと思っています。
私たちなどの支援では十分なことはできないかもしれませんが、共に日本の教育、大袈裟に言えば世界の教育をよくしたいと熱い思いを持っている方がいらっしゃれば、一緒に語り合ってみませんか。【開設の目的】
●工藤勇一が全国各地の学校改革を進めるエンジンとなるような先生を支援・応援する。
★この会は、学校を変えていく取り組みを広めるための試行的・実験的なものです。
★あくまでも個人で立ち、個人でしっかりと学校づくりに向かえる方々の支援・応援をする場として構想します。
【期間】2021年10月頃から約1年程度。
●月に1~2回、テーマに沿った議論、ケースメソッドの検討などを行う。会の活動時間は参加者の方々と相談して決定します。(平日夜または土日など)すべてオンラインを用いて開催する。
【参加対象】教職経験10年以上の30代から40代の教職員
●学校を良くするために教育について本気で語ることが目的のため、教職経験を一定程度持ち、今後、学校を引っ張っていくリーダー層に限定します。
●また、有志で運営することを想定しているため、受け身ではなく能動的に関わってくださる方を求めます。

3・4章は、自分自身が目指す社会像と学校教育の役割について書いています。

「学校は社会の縮図」「教室は社会の縮図」なんて、よく言われますが、ほんとその通りだと思います。教師の大人同士の関係とこども同士の関係も入れ子構造になっているし、教師の学び方がこどもの学び方も入れ子構造になっています。

学校はすこし極端なことをいうと、社会から少し閉ざされ離れた場であることがあります。社会では通用しないルールや考えがまかり通ってしまうことがあったりします。

社会は間違いなく、私とあなたを含む一人ひとりによって構成されています。その一人ひとりは「教育」を経験し、育ち、いつしか社会の中での役割を得て、社会を作り出す担い手へと成長していきます。そういった社会をつくる根本的な機関は、目指す社会像をもち、再度、学校がどのような役割や教育を行うべきか検討することが必要です。(また、長くなった。)

3. 私が目指す社会像と私が考える学校教育の役割


私が実現したい社会は、『この世界の一人ひとりがありのままでお互いの「違い」と、「声」を認め合い、生きたいように生き合える社会」です。この社会の実現のために、今、私はこの教育という切り口からアプローチをしています。


 教育というアプローチは非常に時間がかかるプロセスですが、一番効果的なアプローチでもあると考えています。本当は、今、この社会にいる一人ひとりが変わり、こうした社会づくりに向かうことができればいいですが、その一人の、生まれた時からしみついている考え方やマインドセット、行動までを変えることは非常に困難を極めると思っています。もちろん今この社会の担い手である大人自身も変わるためのアプローチや努力は必要です。
しかし、これからの社会を担う子どもたちは非常に柔軟であり、よき社会づくりを小さい時から習慣のようにしていくことで、社会の担い手になったときには、しっかりと体現できると思うからです。そうした人が、どんどん増えていくことできっと社会はよりよい方向に一歩ずつ変革していくと確信しています。

 学校教育の役割は大きく4つあると考えています。

 1つは、「よりよい社会づくりを学ぶ場所」であると考えます。学校の特徴は、多くの同年代、もしくは上下の年齢差のある人と、何人かの大人と日々毎日を過ごす場所であるということです。そしてその場所は、すべてが、子どもたちのための学校でなくてはなりません。その中では、多様なバックグラウンドを抱えた多様な子どもたちが存在します。いさかい、葛藤、けんか、つながり、遊び、喜び、違和感、楽しみなど様々な感情や信念、意見の対立や合意、衝突、和解が繰り広げられます。こうした生の人間関係の中で子どもたちは、どのように他者と生きていくのか、過ごしていくのか。どうすれば自分はこの集団の中でよりよく生きられるのか学びます。学校では、こうした人間社会での生き方、生きていく方法をみんなで学ぶ場所です。こうした活動の中で、社会づくりの難しさや面白さ、他者とつながり生きる喜びを知るのです。

 また、2つ目の学校教育の役割があります。社会づくりをするためには、社会がどのようになっているのか知ることが必要です。ただ、「知る」「理解する」という行為の主体は常に、学習者です。学習が起こるプロセスは自らが環境に働きかけ、自らが気づくことで「学び」が生まれます。このため学校役割としては、多様な学習機会と人・モノを含む学習環境があり、一人ひとりの発達や能力に配慮され、個別の学びが保障されている場の提供の必要があります。また、その場は、学習者が学ぶために、自らが決定し、挑戦するための風土的、文化的、システム的な土壌があることが大切です。
 また、こうした中で、学校としての3つ目の役割は、「生涯における自律的学習者を育てること」であると考えています。学校にいる期間は人生のおよそ4分の1~5分の1程度です。圧倒的に、自らが学校に頼らずとも社会の中で、何かを日々学び、生きていく時間が多くなります。そのため、学校では、生涯に渡り、自分の学びに責任を持ち、自ら目標や計画を持ち、実行や挑戦をして、内省し、また進むことのできる人を育てていくことが必要です。


 最後に、4つ目の学校の役割は、「何にも変えがたい自信、自分を認めることのできる自己理解力を育む」ことです。
様々な他者や、様々な環境と出くわすことで、うごめく自分の感情や自分の思いや考えとたくさん出会い、強い自分も弱い自分も知り、認め、等身大の自分を知ることが一番必要だと思います。学校というまだまだ試行的社会のなかで、たくさんの失敗と成功、泣き、笑いをしていくことでかけがえのない大切な自分と出会う場所が学校であると思います。


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お読みいただきありがとうございました。

また、読んでくださった方と、対話できると嬉しいです。


ではでは。


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