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世界1位の中国を倒したインド女子卓球選手

インド女子が活躍

2024年2月に開催された世界卓球2024釜山で起きたある事件が、世界中の卓球ファンを大きくわかせました。大会初日に行われた女子団体の 中国対インドで、世界ランク1位と2位の中国選手2名が、インド選手に敗北したのです。

この出来事に世界中が注目した理由は2つあります。

ひとつめは、強豪国と比べると目立つことの少なかったインド代表選手の活躍。世界ランク150位台のムカルジー選手が世界ランク1位の孫穎莎(Sūn Yǐngshā)選手を3-1で撃破、世界ランク49位のスリージャ選手が世界ランク2位の王芸迪Wang Yidi選手を3-0で撃破しました。

残り3試合はバトラ選手が2戦出場し、王曼昱Wang Manyu戦と孫穎莎戦いずれも1-3で敗北。先ほど紹介したムカルジー選手がもう1戦出場し、王曼昱戦に0-3で敗北。団体戦の結果は3対2で中国が勝利しました。

ふたつめは、インド選手が異質ラバーを用いて中国選手の最先端の卓球を翻弄したこと。異質ラバーは打球の威力を吸収して変化球を繰り出すことに特化したラバー。一方現在の主流は打球の速度と回転を重視した「裏ソフト」と呼ばれるラバーです。インド3選手は全員、異質ラバーを使用していました。さらに驚くべきことに、世界ランク1位に勝利したムカルジー選手は、ラケットの両面とも異質ラバーでした。対する中国3選手は全員、両面とも主流ラバーだったことからも、インド選手の用具選択が独特であることが分かるでしょう。

日本もインド女子選手の脅威にさらされています。同年3月に開催された国際大会シンガポールスマッシュでは、女子ダブルス1回戦で平野美宇/張本美和ペアがインドのアイヒカ・ムカルジー / スティルタ・ムカルジーペアに2-3で敗北しました。同月の国際大会WTTチャンピオンズ仁川女子シングルスでは、早田ひな選手がバトラ選手とフルセットの熱戦を繰り広げ、辛くも3-2で勝利しました。

ダークホースの活躍を世界中が称賛しています。同時に、インド女子選手や異質ラバーに今注目が集まっています。それらについて理解を深めるため、ぜひこの動画を最後まで視聴してください。チャンネル登録もよろしくお願い致します。

それでは、大活躍のインド女子卓球選手について、詳しく見ていきましょう。世界卓球2024釜山で活躍したインド女子3選手に焦点を当てて、詳しく紹介します。

1.アイヒカ・ムカージー(Ayhika Mukherjee)

基本情報

アイヒカ・ムカルジー選手は1997年生まれ。身長は約160cm。右利きシェークハンドです。2024年6月時点で世界ランクは141位です。

経歴

アイヒカ・ムカージーは5歳で卓球を始めました。当時インド国境警備隊(BSF)で働いていた彼女の父親が、娘がスポーツへ打ち込むことを望んでいたからです。彼女の父親とおじさんはフットボールの経験があり、スポーツは人生に欠かせないものだと認識していました。

はじめ、彼女の父親は妻(アイヒカの母親)へ「ジョギングでもいいからアイヒカへ運動をさせなさい」と伝えました。周りの女の子たちは歌や踊りに取り組んでいましたが、アイヒカの母親は娘に変わったことをさせようと考えました。選んだ競技が卓球でした。

アイヒカは同じ地元出身で2歳年上のスティルタ・ムカルジーとダブルスを組むことが多いです。2人はファミリーネームは同じですが、血の繋がった姉妹ではありません。子どもの頃から共に卓球をプレーしていたそうです。

2022年にコーチの指示のもと、2人がダブルスを組むことになりました。その年のWTT Contender Muscat 2022で2人は準優勝を果たします。ペアを組んだ経験は浅いですが、お互いを信じてプレーすることが出来ました。そして、結果を出しました。

2人にとって、2023年6月のWTT tunis contenderが大きな転機となったそうです。2023世界卓球銀メダリストの韓国ペアを破って勝ち進み、決勝戦で日本の木原美悠・張本美和ペアに勝利して優勝。その年初めてWTTコンテンダータイトルを獲得したインド選手となりました。

同年9月から10月にかけて開催されたアジア選手権では、2人はダブルスの銅メダルを獲得。アジア選手権で3位入賞を果たした初のインド選手となりました。

戦い方

主にフォアハンドでハーフピンプルラバーを使用します。打球面にゴムの粒がついたラバーです。粒ラバーはツブツブの高さに応じて呼び方が異なり、日本では粒が低いと「表ソフト」、高いと「粒高」と呼ばれています。ハーフロングピンプルの粒は、低めと高めの中間です。これを用いて、甘い返球を弾道の低いスマッシュで仕留めます。

バックハンドはアンチスピンラバーです。打球面にゴムの粒はありません。しかし、摩擦を減らすアンチスピン加工が施されています。これを用いて激しく揺れる無回転のボールや強烈な下回転のカットボールを繰り出し、相手を翻弄します。

使用用具

ドイツの卓球用品メーカーDr Neubauer社がムカージー選手のスポンサーです。そのため、ムカージー選手は同社の用具を使用しています。

ラケットはDr Neubauer社のワールドチャンピオンカーボンです。持ち手の形状は「フレア」です。木材5枚の合板にカーボン2枚を合わせた攻撃的なラケットです。

ラバー1枚目はDr Neubauer社のK.O 2.0mmです。打球面にゴムの粒がついたラバーです。粒ラバーはツブツブの高さに応じて呼び方が異なります。K.Oの粒は低めと高めの中間で、ハーフロングピンプルと呼ばれています。

ラバー2枚目はDr Neubauer社のGORILLA 1.3mmです。「裏ソフト」と同じく打球面にゴムの粒はありませんが、摩擦を減らすアンチスピン加工が施されています。アンチラバーと呼ばれます。

2. スリージャ・アクラ(Sreeja Akula)

基本情報

スリージャ・アクラ選手は1998年生まれ。身長約162cm。右利きシェークハンドです。2024年6月時点で世界ランクは42位です。

経歴

卓球をしていた父と姉の影響で、アクラも9歳から練習を始めました。当時コーチを務めたSomnath Ghoshは当時のスリージャについてこう語っています。
「彼女には特別な才能があったわけではないが、卓球に全力を注いでいた。自分のことをよく理解していて、決断力もあった。開始時間より30〜40分早く練習場に来ていた。技術を身につけるためなら、同じ練習を何回でもした」。
彼はスリージャの底力を知っていましたが、世界ランク2位の王芸迪Wang Yidiをスリージャが撃破したときはさすがに驚いたそうです。

スリージャは現在インド国内最強の女子選手です。2022年と2023年のインド国内選手権で、女子シングルス連続優勝を果たしています。ちなみに2021年の同大会ではマニカ・バトラ選手に敗れて準優勝でした。

国際大会でも結果を出していて、世界ランクも上昇中です。2024年1月のWTT Feeder Corpus Christi 2024では優勝を果たしました。フィーダーは下位選手の大会ではあります。しかし注目すべきは、当時世界ランク94位だったスリージャが、37位のAmy Wang選手や32位のYao Tang選手など、上位ランカーに勝利してこのタイトルを獲得した事です。

戦型

スリージャ選手はフォアハンドにテンションラバーを使用しています。摩擦と弾性に優れたラバーで、最も一般的に使われています。これを用いて「ドライブ」を繰り出します。一方、バックハンドはロングピンプルラバーで守りに徹しています。ロングピンプルは、日本では「粒高」と呼ばれています。甘いボールに対しては、バックハンドでも「プッシュ」で仕掛けることがあります。

使用用具

スリージャ選手が現在使用している用具は不明です。2023年6月からバタフライと契約していましたが、現在は解除となったようです。バタフライHPからアクラ選手のページは削除されています。かつて存在したそちらのページを参考にして使用用具を紹介しますが、現在は別の用具を使用している可能性が高いです。

ラケットはティモボルZLCです。2008年から販売されているバタフライの名作です。木材5枚合板に、ZLカーボンが2枚挟まれています。Viscaria Super ALCのフレアを使用しているという噂もあります。

ラバー1枚目はテナジー05ハードです。バタフライの定番裏ソフトラバーです。ゴムへテンションをかける加工が施されていて、テンションラバーとも呼ばれます。

ラバー2枚目はティバーのGrass D.TecSです。表面に高いツブツブが付いたロングピンプルです。弾みを高める「テンション加工」も施されています。

3. マニカ・バトラ(Manika Batra)

基本情報

マニカ・バトラ選手は1995年生まれ、右利きシェークハンドのプレイヤーです。身長は180cmです。2024年6月時点で世界ランクは26位で、インド女子選手では最高位です。

経歴

バトラ選手は姉と兄がいて、どちらも同じく卓球をプレーしていました。その影響で、バトラ選手も5歳から卓球を始めます。8歳以下の州大会で優勝したことをきっかけに、本格的に卓球に打ち込むことになります。コーチによる指導を受けるため学校を変え、母親もバトラを献身的にサポートしました。

大学にも進学しましたが、卓球の腕前はめきめきと上達し、大会でも好成績を収めていたので、卓球に集中するため中退しています。モデルのオファーもあったそうですが、それも断っています。

2011年には国際卓球連盟が主催する国際大会チリオープンの21歳以下女子シングルスで銀メダルを獲得。2015年と2021年のインド国内女子シングルスチャンピオンでもあります。

バトラ選手は10年以上活躍しています成績も充分でした。最近は中国トップ選手とも互角に渡り合っていて、さらに注目が集まっています。世界卓球2024の団体戦では2敗してしまいましたが、同年5月の国際大会サウジスマッシュ女子シングルスで王曼昱選手に3-1で勝利。リベンジを果たしました。

戦型

バトラ選手もアクラ選手と同じく、フォアハンドはテンションラバー、バックハンドはロングピンプルラバーです。

使用用具

ラケットはアクラ選手と同じティモボルZLCか、ビスカリアです。ビスカリアはアリレートカーボンという特殊素材を木材で挟んだ、バタフライの名作ラケットです。一般的に、ZLCの方がALCより弾みが強いが、ALCの方が打球をコントロールしやすい、と言われています。

ラバー1枚目はテナジー05またはディグニクスです。どちらもバタフライのテンションラバーで、多くのトップ選手に愛されています。

ラバー2枚目はティバーのグラスディーテックスをスポンジ無しで使用しています。アクラ選手と同じです。

異質ラバーとインド

近年、異質ラバーではトップ層には敵わないと考えられていました。そんな中、インドの女子選手たちが異質ラバーを操って世界最高レベルの中国選手を撃破したことは、多くの卓球ファン達に衝撃を与えました。

女子選手は男子選手と比べると異質ラバーを使用する選手は多いですが、やはりトップ層はドライブを打つことに特化した裏ソフトラバーが支配的です。現代卓球の主な得点源が、ボールへ強い上回転をかけるドライブ打法だからです。強い上回転によりボールの軌道は弧線を描きます。軌道が直線的なスマッシュと比べて、安定して相手コートへボールを落とすことが出来ます。威力のあるドライブを放つには、ラバーの摩擦力と弾性が重要です。各メーカーが開発を進めていて、その最先端がテンションラバーです。

それでもインド女子選手は異質ラバーを極める道を進みました。異質ラバー使用はインド代表チームの方針というわけではなく、各選手にそれぞれのきっかけがあります。

アイヒカ選手は9歳〜10歳頃にMihir Ghoshコーチのアドバイスでアンチラバーを使い始めました。それまでは摩擦のあるピンプルラバー(表ソフト)を使用していましたが、ボールへうまく回転を与えることが出来なかったため、アンチラバーへ転向。戸惑いつつも練習を重ねて、大会で結果を残せるようになりました。

アクラ選手が異質ラバーを使い始めた具体的なきっかけは見つけることが出来ませんでした。学生時代から10年以上コーチを務めるSomnath Ghoshのアドバイスがあったのではないかと推測されます。

バトラ選手は8歳のときにGuptaコーチの提案でロングピンプルラバーを使いはじめました。

バトラ選手より5つ上で、北京オリンピックにも出場したNeha Aggarwal選手もこのコーチの指導を受けたことがあり、同じくロングピンプルラバーを使用しています。Neha選手はバトラ選手の姉の同級生でもあり、親しい仲だそうです。彼女とGuptaコーチがインド女子卓球へ異質ラバーブームを起こしたとも言われています。当時はまだインドのコーチたちも異質ラバーの使用方法が分かっていませんでした。そこで、ロングピンプルラバーやアンチスピンラバーを主に製造するスウェーデンのDr Neubaur社へ赴き、8日間練習を見てもらったそうです。

インド卓球の発展

異質ラバーを使用し一風変わったプレースタイルを作り上げたとしても、簡単に試合に勝てるわけではありません。インド国内には異質ラバーを使用する女子選手は多いです。しかし、国際大会で目を見張るほどの成績を残す選手は限られている。訓練を積み、道具の使い方を理解したから、勝利を掴み取ることができたのです。道具に頼っていただけでは勝つことはできません。

着実に成長し、実績を積むインド女子選手たちは、今後どうなっていくのでしょうか。

Sreejaを指導するGhoshコーチは、インド卓球にはナショナルトレーニングセンターが必要だと語ります。現在インド代表チームは、各選手が異なる地域でそれぞれのコーチから独自の指導を受けています。これでは選手育成の効率が低下してしまいます。

バトラ選手を指導するBalguコーチは、「異質ラバーにはまだまだ可能性がある」と述べています。他国選手が異質ラバーを採用しないことも、インド選手のアドバンテージとなっているそうです。

インド選手も異質ラバーもまだスタートを切ったばかりです。今後も卓球ファンが驚く成果を挙げることを期待しています。

参考文献

https://pongtalk.blogspot.com/2016/04/interview-with-neha-aggarwal.html?m=1

https://thebridge.in/table-tennis/indian-tt-coach-massimo-costantini-paris-olympics-47394

https://www.pressreader.com/india/the-indian-express/20240206/282445648954282

https://thebridge.in/table-tennis/manika-batra-long-pimple-rubber-table-tennis-know-why-22134

https://sportstar.thehindu.com/podcast/sportstar-podcast-massimo-costantini-interview-india-table-tennis-national-coach-paris-olympics-sharath-manika/article68239612.ece

https://www.espn.in/olympics/story/_/id/17145775/manika-batra-looks-rio-beyondhttps://thebridge.in/table-tennis/manika-batra-long-pimple-rubber-table-tennis-know-why-22134

https://thebridge.in/table-tennis/utt-2024-coach-draft-bengaluru-smashers-elena-timina-of-netherlands-47604?infinitescroll=1

https://web.archive.org/web/20160822193541/https://in.news.yahoo.com/interview-manika-batra-don-t-140150037.html

https://pingsunday.com/mouma-das-equipment/

https://thebridge.in/table-tennis/ayhika-mukherjee-anti-spin-rubber-chop-block-asian-games-medal-44563?infinitescroll=1

https://parallelsports.in/news/gorilla-rubber-never-did-the-only-magic-in-busan-says-ayhika-ghosh-plans-to-introduce-it-again-in-the-academy

https://x.com/Sportskeerthi/status/1640302558068744192

https://x.com/KirenRijiju/status/1637099413633134593

instagram.com/ayhika.m

instagram.com/manikabatra.15

https://www.drneubauer.com/?p=15&lang=en

https://olympics.com/en/news/84th-senior-national-table-tennis-championships-2023-results-winners

https://ooakforum.com/viewtopic.php?f=35&t=33271

https://en.wikipedia.org/wiki/Manika_Batra

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