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井木犴の瞬く夜に

~あらすじ~

井木犴叩頭蟲  北京に潜入し
手引きするは  小尉遅母大虫
青蓮寺同胞李固 梁山泊を憎み
梁山泊同胞燕青 浪子常に独り

水滸噺番外 注意書き
北方謙三先生水滸伝何でもありな二次創作です。
・すいこばなしは、作者のtwitterにて連載中です。 
・ご意見ご感想等々、こちらまでお寄せいただけると、とても嬉しいです。いつも助かっています!
・ネタバレありです!ご注意ください。
・原作に興味を持たれるきっかけになったらこれ以上の喜びはありません!

第一話

郝嬌「父上と兄上に早く会いたいな、母上」
陳娥「そうね」
嬌「私たちも早く二竜山に帰りましょう」
陳「嬌。あまり口に出さないように」
嬌「…ごめんなさい、母上」
?「…失礼、ご婦人」
陳「なにか?」
嬌「…」
?「道を尋ねたいのだが…」
陳「…生憎私たちには用事が」
?「後ろを」
嬌「!」

?「…」
?「…」
?「…陳娥と郝嬌か」
陳「…」
?「郝思文って知ってるか、お前?」
?「さあ?」
?「知ってる奴は相当な梁山泊好きだな」
嬌「父上を馬鹿にしないで!」
?「決まりだな」
嬌「!」
?「共に来てもらおう」
嬌「母上、怖い」
陳「…覚えておきなさい」
嬌「…はい」
?「来い」

郝思文「秦明殿、私ごとではあるのですが」
秦明「陳娥殿と郝嬌様、郝嬌の事だな」
郝瑾(様?)
郝「北京からの帰りがどうも遅いのです」
秦「…憶測でものを言いたくないのだが」
郝「陳娥と嬌が攫われた、と?」
解珍「北京の仕事は済ませた報告はもう入っとるのだ」
瑾「北京で攫われたのですか?」

秦「そうかもしれん」
郝「一体何者が…」
瑾「父上!もしそうなら一刻も早く救出しないと」
秦「郝瑾。幸い北京には同志が多い。連絡を待とう」
郝「これは秦明殿と私からの命令だぞ、瑾」
秦「親父からの命令だけで充分だ、郝思文」
瑾「…秦明殿」
秦「頼れる同志が揃っているのだ」
瑾「しかし…」

秦「気持ちは痛すぎるほど分かるが、今は頭を空にする時だ、郝瑾」
瑾「…どうやってですか?」
秦「私と稽古をしよう」
瑾「それは」
解「それとも一人で勝手をして、秦明の平手を喰らいたいかな?」
瑾「…稽古をお願いします、秦明殿」
秦「よし、行こう」
郝「…」

燕青「郝思文殿」
郝「呼び捨てでいい、燕青」
燕「北京の事なら私の出番だ」
郝「恩に着る」
燕「陳娥殿も郝嬌殿も、私たちの仕事に欠かせぬ人材だからな」
郝「…それは少し違う」
燕「それは?」
郝「仕事など人生のほんの一部だ」
燕「…」
郝「確かにお前とは仕事でしか関わらない人材にすぎん」

燕「…」
郝「しかし、私と瑾にとっては二人といない、かけがえのない家族だ」
燕「…すまん」
郝「謝ることではない。それがお前の生なのだろうな、燕青」
燕「…」
郝「しかし、そうではない生もある事を覚えておいてほしい」
燕「決して忘れないよ、郝思文」
郝「私も一度だけ言わせてほしかった」

燕「蔡兄弟もいたら助かったんだが」
郝「他で任務が?」
燕「北に行っている」

蔡福「いつまで船に乗っているのだ…」
蔡慶「どんだけ吐くんだよ、兄貴」
福「この贅肉が、六つに割れるまで…」
慶「まだ余裕あんな!」
盛栄「…」

瑾「私も連れて行ってください、父上!」
郝「…そうだな」

秦「連れて行ってやれ、郝思文」
思「秦明殿」
秦「私に軽い汗をかかせるほどには役に立つぞ」
思「来い、瑾」
燕「北京には孫新と顧大嫂と、金翠蓮がいる」
瑾「金翠蓮殿が…」
燕「どうした?」
瑾「…なんでもありません」
燕「…」
秦「行ってこい」
郝「必ず戻ります」
瑾「…行ってきます」

秦「分かりやすい…」
解「お前が言うな、秦明」

第二話

孫新「話は聞いてるぜ、郝思文」
顧大嫂「あんた達はこの店をねぐらにしな」
郝瑾「ありがとうございます、孫新殿、顧大嫂殿」
孫「倅か?」
瑾「郝瑾と申します」
顧「いい声だ」
郝思文「陳娥と嬌の心当たりは?」
顧「郝嬌ちゃんだけならまだしも、陳娥がそんな隙を見せるとは思えないんだけどね」

孫「お前らはうろつくな。まずは俺たちの仕事だ」
郝「分かった」
燕青「私はうろつくのが仕事だ」
孫「分かってるよ」
瑾「まったく、嬌のやつ…」
顧「心配かい、お兄ちゃん?」
瑾「心配に決まってます!母上も!」
孫「分かった。俺たちに任せてくれ」
顧「腹減ったろう?美味い飯を作ってやろう」

瑾「ごちそうさまでした、顧大嫂殿」
顧「綺麗に食べたね」
瑾「腹ごなしに剣を振っています」
顧「目立たんようにね」
瑾「はい!」
顧「…できた息子じゃないか、郝思文」
郝「…」
顧「違うって顔してるね」
郝「…違う、とは少し違う」
顧「まどろっこしいね」

郝「瑾には言えたことではないのだが…」
顧「聞いてやるよ」
郝「私は瑾に与えすぎたと思っているんだ」
顧「与えすぎ?」
郝「学問は宣賛殿に、武芸は私と関勝殿。遊び相手には単廷珪に魏定国だ」
顧「恵まれた子だね」
郝「だから、ひどく物足りないと感じてしまう私がいる」
顧「贅沢な親父だ」

郝「それも分かっている。だからいつも堂々巡りなんだ」
顧「郝瑾は、たくさん受け取った、いい子なんだろう?」
郝「ああ」
顧「たくさん受け取ったいい子なら、きっと足りなかった子に分け与えることができるよ」
郝「…」

顧「あの子はもらったものを独り占めにする子じゃない。受け取ったものを大切に取っておいて、必要な時に分け与えることができる子だ」
郝「…」
顧「試してやろうか?」
郝「どうやって?」
顧「郝瑾!」
瑾「なにか?」
顧「明日の飯に饅頭を作っておいたから取っときな」
郝「…」

瑾「こんなにたくさんも…」
顧「食べ盛りだからね」
瑾「父上の分もありますよね?」
顧「ほらね?」
郝「…本当だ」
瑾「?」

?「連れてきましたぜ」
?「失礼のないようにな」
陳娥「…」
郝嬌「…」
?「扈僊め。汚い仕事をまた私に…」
陳「…」
?「あなた達を捕らえた者は後で厳しく叱っておく」
郝「?」
李固「私は李固。あなた達を自由にする事はできないが、せめて居心地が悪くないように心がける」
陳「…」

李「梁山泊などに与していなければ、私もできる限りのことをしたいのに」
郝「梁山泊が、嫌いなのですか?」
李「二度とその地を口にしないでくれ」
郝「…」
李「嫌いなど、そんなものではない」
郝「…」
李「二度と口にしなければ、私はあなた達に優しくしていられる」
郝「…申し訳ございません」

孫新「ここには極力来たくねえんだが…」
楽大娘子「孫新!今まで何をしていたのですか!」
孫「仕事だよ、義姉さん」
楽「私を義姉さんと呼ぶな、孫新」
孫「…義姉上」
楽「私のお得意様にご挨拶をなさい」
孫「…それどころじゃないんですが」
楽「私の言うことが聞けないの?」
孫「…ただいま」

?「誰だお前は?」
?「冴えん男だ」
孫「…弟子でございます」
楽大娘子「名乗りなさい、孫新!」
孫(余計なことを!)
?「なんの弟子だ、孫新?」
孫「…笛の弟子でございます」
?「ほう、風流ができるのかお前」
楽「拙い笛です」
李成「聞かせてくれんかな?俺は李成という」

孫「…そんな、お耳汚しになります。李成殿」
李「天王の頼みだぞ」
孫「あなたが天王の李成殿?」
李「そうとも。托塔天王に準えてな」
孫「…そうですか」
李「ちなみにこいつは大刀の聞達」
聞達「…」
李「愛想は悪いが宋国一の大刀の名手だ」

孫「お二人のことは聞いたことあります。確か梁中書様の両腕で…」
聞「いかにも」
楽「すごい人たちなのよ、孫新」
聞「いいから、吹け」
孫「…ただいま」
李「おう、楽しみだ」
孫「♪〜竹笛〜♪」

第三話

孫「…酷え目にあったぜ、顧大嫂」
顧大嫂「そんな顔してるね、あんた」
孫「まあ梁中書の二枚看板に顔売ってきたから、それで充分か?」
顧「お手柄じゃないか」
孫「梁中書の飼い犬じゃ知れてんな」
郝思文「名前は?」
孫「天王の李成に、大刀の聞達だと」
郝瑾「大刀?」
郝「関勝殿と同じだ」

孫「そうだな」
郝「…大刀は関勝殿だけでいい」
瑾「全くです、父上!」
顧「そうか。関勝の旦那と一緒だったね、あんたら」
瑾「はい!」
顧「あの旦那が饅頭を喉に詰めた顔をよく覚えてる」
瑾「関勝殿は私より子どもですから」
孫「それで天王李成の元は、托塔天王だとさ」
顧「…気に入らないね」

瑾「私たちは晁蓋殿を知らないのですが…」
顧「梁山泊の守り神の渾名を、狗が真似してんのさ」

李固「…」
郝嬌「どうしたの、李固さん?」
李「気にしないでくれ」
郝「そうかもしれないけど」
李「なんだ」
郝「どうして私たちの部屋まで来て、悩んでるんですか?」
李「それは」
陳娥「監視ですか?」
李「…まあ、そうだ」
郝「真面目ね」
李「監視と一緒に、仕事もしなければならないんだ」

李「監視と一緒に、仕事もしなければならないんだ」
郝「そうなの」
李「やる事が多すぎて覚えていられないんだ」
郝「私は覚えるの得意よ!」
李「ほう」
郝「李固さんが覚えていてほしいものを覚えていましょうか?」
?「それは本当か、娘?」
郝「誰?」
梁中書「北京の梁中書を知らんのか、娘」

李「どうして中書様が…」
梁「私の部下がお前らの噂を聞きつけてな」
李「彼女達の件は我らの仕事です、中書様」
梁「青蓮寺が私に逆らうか、李固」
李「…」
梁「覚えるのが得意なんだな、娘?」
郝「はい!」
梁「ならばここを出て私のところに来い。覚えてほしいものが山ほどある」
郝「母上は?」

梁「何ができる?」
郝「なんでもできるわよ!」
梁「ならば下女にしてやろう」
陳「…恐れ入ります、中書様」
梁「恩にきるのだぞ」
李「…せめて、青蓮寺の許可が届いてから」
梁「くどい」
郝「今までありがとう、李固さん」
李「…」
陳「…まだ覚えておくのよ、嬌」
郝「…大丈夫」

燕青「…ここは変わらないな」
女将「おや、小乙ちゃんじゃないか」
燕「北京も大変だったね、女将」
女「全くだよ。店が焼けるところだった」
燕「それは大変だ」
女「最近、李固が来たよ」
燕「…李固が」
女「随分苦労してたね」
燕「…」
女「あんたが盧俊義殿と逃げてから、地獄に堕ちたそうだ」

燕「…そうか」
女「なんとか仲直りは出来ないの?」
燕「無理だよ、女将」
女「そうかい…」
燕「…」
女「小乙ちゃんは浪子なのに、随分と堅苦しくて一人好きなんだね」
燕「…違いない」
女「私は梁山泊も官軍も関係ない飯屋だからね」
燕「…」
女「仲良しの二人が喧嘩してるのは見たくないのよ」

燕「やあ、空いてる?」
女「雲壁!」
燕「入れてくれると助かるんだが…」
女「早く入って」
燕「どうだい、調子は」
女「梁中書の台所仕事なんざまっぴら」
燕「今日は何を刻んでたんだい?」
女「葱だけ切って一日終えたことある?」
燕「そりゃ大変だ」
女「そうだ、最近女の子が来たんだけどね」

燕「…どんな子だい?」
女「それがなんでも覚えられちゃう子なのよ」
燕「なんでも?」
女「梁中書と蔡京の先祖の名前をもれなく覚えたらしくて、お褒めに預かったそうよ」
燕「凄い子だな」
女「お母さんと一緒に来たんだけど、そのお母さんもすごくて…」
燕「…詳しく聞かせてくれ」

孫「昨日はお楽しみか、燕青?」
燕「どうだか」
郝「…」
燕「郝思文。お前の娘は記憶力がいいんだよな?」
郝「もう目処がたったのか?」
燕「その娘が仕事のできる母親と一緒だとしたら?」
瑾「絶対に母上と嬌だ!」
郝「どこにいる?」
燕「梁中書の屋敷だ」
郝「…意外だな」

燕「私もそう思った」
郝「青蓮寺の仕事じゃないのか?」
燕「違うとは思えんが」
郝「まあ青蓮寺を相手にするよりは楽かな?」
瑾「油断は禁物です!父上!」
郝「分かっているよ、瑾」
燕「梁中書の屋敷なら外も中も覚えている」
孫「天王と大刀のコネを使うのは?」
燕「悪くない」

顧「あたしの出番は?」
孫「嫌でもあるから安心しな」
燕「私は盧俊義様の仕事に耐えかねて、逃げてきた事にする」
孫「俺たちは?」
燕「一緒に来てくれ」
孫「だが俺はまだしも、こいつはかなり顔と身体を売っちまったぜ?」
顧「身体は売らないよ」

燕「梁中書は一芸に秀でた者なら召し抱える性格だ」
顧「…釈然としないね」
孫「まあ郝思文の女房と嬢ちゃんを助けるまでの辛抱さ」
瑾「私も一緒に…」
郝「私たちは援護かな」
燕「その方が助かる」
瑾「父上!」
郝「戦にはそれぞれの役割がある」
燕「飛竜軍との繋ぎも頼む」
郝「了解」
瑾「…」

第四話

李成「中書様!えらい客人が来ました!」
梁中書「誰かな?」
李「盧俊義の所にいた燕青の野郎ですよ」
梁「なんと!」
聞達「おまけに北京で大暴れした女と笛吹きの亭主まで一緒です」
梁「会おう!」
聞「くれぐれも慎重に」

梁「なんと!本当にその綺麗な顔は燕青!」
燕青「ご無沙汰をしております、中書様」
梁「謀反人の盧俊義と共に逃げたのではないのか?」
燕「死ぬような思いをして助けたのにも関わらず、私になおも激務を課してきましたので、梁山泊から逃げて参りました」

梁「お前ほどの綺麗な男を使いこなせんとは…」
燕「そして北京を沸かせたこの夫婦と共に、中書様の腹心にしていただきたく、馳せ参じた次第です」
梁「…ほう」
孫新「…」
顧大嫂「…」
梁「凶悪な顔をしているな」
顧「…」
孫「妻は料理が得意で」
梁「そんな女の料理など食いとうない」
顧「…」

燕「中書様、何卒ご寛恕を…」
梁「…燕青の綺麗な顔を潰すわけにもいかんか」
孫「…」
梁「軒下の掃除でもしていろ」
顧「かしこまりました〜」
梁「やかましい!」

顧「…」
孫「…まだ殺すんじゃねえぞ」
顧「まだ、だね。あんた」
陳娥「…失礼」
顧「あら、偶然」
陳「…手筈は?」
孫「賢い女房だ」
陳「嬌は梁中書の部屋に」
顧「燕青にも知らせておきな」
陳「はい」

郝思文「ずいぶん大きな屋敷だな、瑾」
郝瑾「こんな屋敷見たことありません」
郝「多めに持っておいてよかった」
瑾「それは魏定国殿の!」
郝「燃やし甲斐があるぞ」
瑾「でも、母上と嬌は?」
郝「私たちの火は囮だから大丈夫だ」
瑾「…射たくないな」
郝(大事の前の小事、とは言えないか…)

瑾「父上は軍人だから射るのですか?」
郝「私も心配に決まっている」
瑾「もしも、母上と嬌が火傷でもしたら?」
郝「私は家族を信じている」
瑾「当然です!」
郝「それと同じくらい、燕青たちの仕事も信じているんだ」
瑾「…」
郝「私たちは燕青たちのように屋敷に忍び込んで救出する才はない」

瑾「…はい」
郝「その代わり、彼らが動き易いように手助けする事はできる」
瑾「…」
郝「目立たないし、誰も気づかない仕事かもしれんがな」
瑾「それでいいのですか?」
郝「私はそこを自分の戦場にしていて、それを誇りにしている」
瑾「…分かりません」
郝「いつか必ず分かる時がくる」
瑾「…」

郝「それだと父は嬉しいかな」
瑾「…」
郝「もう喋っている時間はない。私が射る」
瑾「…」
郝「!」

李成「なんの音だ?」
聞達「…焦げ臭いな」
李「屋敷が燃えてる!」
聞「消火だ!」

郝「騒ぎは起きたな」
瑾「…こんなことで、燕青殿たちは助けられるのですか?」
郝「信じよう」

孫「…無駄が多い屋敷だ」
顧「ぶっ壊してやろうか」
孫「もうちょっと我慢しな」
顧「…煙の匂いだ」
孫「準備しろ」
陳「顧大嫂殿」
顧「郝嬌は?」
陳「まだ梁中書が付いていて…」
孫「時間がない。燕青に任せよう」
陳「…」
顧「心配しなさんな。私たちと燕青がついてんだ」
陳「…はい」

食客「おい!火を消しに来い!豚!」
顧「」
孫(キレたな)
顧「この壺に水を汲んで参ります」
食「そんな高え壺使ってんじゃねえ!」
顧「へえ!そんな高価な壺なんで!」
食「てめえの重さくらい銀がありゃ買えるよ」
顧「そりゃいいね!」
食「!!」
孫(やりやがった…)
顧「豚じゃない。母大虫だ」

食「てめえら!中書様の宝物庫で何してやがる!」
顧「…そんないい場所なんだね?」
孫(逃げる準備は、陳娥殿?)
陳娥(上々です)

第五話

李成「ちくしょう、誰の真似だ!」
聞達「中書様に報告しろ!」

梁中書「一体何事だ!」
郝嬌「火事です。中書様」
梁「助けてくれ!死にたくない!」
郝(…瓢箪矢の匂いだ)
梁「私を助けてくれ、郝嬌様」
郝「…中書様まで」
?「お助けしましょうか?」
梁「貴様は?」
李固「李固です。中書様」

梁「誰でもいい!私を助けてくれ!」
李「…どうして仕事に来ただけなのに、こんな目に遭うのだろう」
梁「助けて!」
李「…あんたの屋敷だろう」
郝「可愛そうだから、一緒に出てあげましょう、李固さん」
梁「郝嬌様」
郝「よしよし」

李「中書様!」
聞「どこに行った?」
李「探せ!」
聞「…俺は表を見てくる」

燕青「…どこに行った?」

聞「…そこの親子」
郝瑾「!」
郝思文「…私たちのことですか?」
聞「梁中書様の屋敷に火矢を射たのはお前らか」
郝「なんのことで?」
聞「同じ火薬の匂いがする」
瑾「…」
郝「見逃しては、くれんよな」
聞「梁山泊か」
郝「その大刀は…」
聞「大刀の聞達だ」
郝「大刀は関勝殿ではないのか?」

聞「お前は?」
郝「副官の井木犴」
聞「副官など相手にならん」
郝「どうかな」
聞「…粗末な剣だ」
郝「使いこなせん大刀よりはマシだろう?」
聞「…」
郝「…」
聞「死ね」
郝「…」
聞「!」
郝「!!」
聞「…馬鹿な」
郝「懐が広すぎる」
聞「」
郝「関勝殿が相手をするまでもない」

李成「中書様!」
?「やれ…」
李「…なんの音だ」
?「…」
李「塔が!?」
?「…」
李成「」
劉唐「塔も支えられんで天王を名乗るな」
楊林「…」
劉「どうした楊林」
楊「兄貴みてえな死に方だと思って」
劉「あいつなら支えられるだろう?」
楊「こんな罠にかからねえよ」

孫新「もう気が済んだろう!」
顧大嫂「十万貫にゃ足らないよ!」
食客「これ以上宝物庫をぶっ壊さないでくれ!」
孫「母大虫をキレさせたあんたらが悪い」
陳娥「行きましょう、お二方」
孫「でけえ屋敷だから出口が…」
陳「嬌の地図がここに」
顧「よく覚えてるもんだ」
陳「嬌は…」

孫「燕青を信じよう、陳娥殿」
顧「お前ら、邪魔したら叩き殺すからね」
食「…ご勝手に」

第六話

李固「この廃屋に隠れててください、梁中書様」
郝嬌「大丈夫だからね」
梁「ありがとう、郝嬌様…」
郝「李固さんにもお礼を言って」
李「どうでもいい」
郝「…じゃあ私行かなくっちゃ」
李「…そうはいかないんだ、郝嬌」
郝「そうだった。青蓮寺の人だったのよね、李固さん」
李「ああ、そうだよ」

郝「でも、青蓮寺の人なのに、優しいのね」
李「…そんなわけはない」
郝「私まだ捕まってるの?」
李「…逃げるか?」
郝「いいの?」
李「…きっと奥様ならそうすると思った」
郝「奥様?」
李「梁山泊のせいで、いなくなってしまったが…」
郝「…そう」

燕「…」
李「燕青!」
燕「…李固か」
李「お前らが!」
郝「李固さん?」
李「お前らが!梁山泊などに与していなければ!」
郝(すごい怖い顔に…)
燕「…」
李「何が義賊だ!何が替天行道だ!お前らのせいで!奥様は!」
燕「」
李「」
燕「…すまん」
郝「もう許してくれないよ」
燕「そうだな」

郝「辛い、燕青殿?」
燕「…少し」
郝「帰ったら、少し慰めてあげる」
燕「…ありがとう」

郝「…李固さん」
燕「いい奴は、梁山泊に入れないんだよな…」

燕「待たせた、郝嬌」
郝「待ってたよ、燕青殿」
燕「…一度だけ、言ってみたい台詞があるんだが、今言ってもいいかな?」
郝「燕青殿?」
燕「…」
郝「…どうぞ」
燕「いつだって、あなたのそばに」
郝「…どういう意味ですか?」
燕「…いつか言ってみたかっただけさ」
郝「どうして?」

燕「だって、悲しい台詞じゃないだろう?」
郝「…そうね」
燕「だから、そんな時に一度だけ、言ってみたかったんだ」
郝「…」
燕「…」
郝「…でもちょっぴり、悲しいね」

郝思文「一騎討ちなど初めてだ」
郝瑾「…将はよくやるんじゃないですか?」
郝「私は副官だよ」
瑾「…」
郝「副官でも、やる時はやるだけさ」
孫新「郝思文!」
陳娥「あなた」
郝「陳娥!」
瑾「嬌は!」
顧大嫂「燕青はどこだい!」
燕青「ここだよ」
孫「いつの間に!」
郝嬌「…」

燕「この騒ぎでよく寝てられる」
瑾「起きろ、嬌」
嬌「兄上?」
瑾「また心配かけて!」
嬌「…泣いてるの?兄上?」
瑾「泣いてない!」
嬌「じゃあおんぶして」
瑾「なんでだ!」
嬌「…疲れたの」
瑾「…しょうがない」
郝思文「一家揃ったな」
孫新「早い所ずらかるぜ」
燕「任せておけ」

最終話

燕青「…」
孫新「どうした、燕青」
燕「…一度言ってみたかった台詞を言ってみたんだ」
孫「へえ?」
燕「それだけさ」
孫「どうだった?」
燕「…本当に、言いたい人がいた」
孫「女か?」
燕「…違う」
孫「もう言えんのか?」
燕「二度と」

孫「そんなもんさ。言いてえことを言いてえ時に言える奴なんていねえんだよ」
燕「…そうかな」
孫「たまには女房の飯でも食おうじゃないか、燕青」
燕「…悪くない」

郝思文「二竜山に手紙をしたためてくる」
陳娥「私も梁山泊に報告書を」
郝嬌「…」
郝瑾「…人の気も知らないで」
金翠蓮「良かったね、郝瑾くん」
瑾「翠蓮殿!」
金「久しぶり。大きくなったね」
郝「…はい」
金「明日二竜山に帰るんでしょ?会えて良かった」

郝(すっかり明るく、綺麗になったんだな…)
金「弟みたいだった郝瑾くんが…」
郝「翠蓮殿」
金「どうしたの?」
郝「少し、外を歩きませんか?」
金「…いいけど」
郝「星と、月が綺麗ですから」
金「分かった」
郝「…」

郝「あの星が、井木犴だそうです」
金「お父さんの星なんだ」
郝「…父上ならもっと星のことを知っているのですが」
金「…今のうちに教えてもらっときなさい」
郝「翠蓮殿?」
金「教えてもらわないままだと、きっと後悔するから」
郝「…はい」
金「…」
郝「…翠蓮さんの料理が食べたいです」

金「作ったばかりの時は大変だったわね」
郝「全然そんな事なかったです!」
金「本当?」
郝「翠蓮さんの作った料理ですから…」
金「…家族って素敵ね」
郝「翠蓮殿?」
金「あなたたちの家族と少しだけでも一緒に暮らせて、本当に良かったと思ってる」
郝「…」
金「宣賛様とも家族になれたから」

郝「私は…」
金「郝瑾くん?」
郝(あなたが好きでした…)
金「…帰ろうか」
郝(きっと届かないだろうけど)
金「手、繋ぐ?」
郝(男になれ、郝瑾)
金「どうしたの?」
郝「翠蓮さんのことが、好きです」
金「…そう」
郝「…」
金「幸せだよ、とっても」
郝「…」

金「その気持ち。大切にしまっておくね」
郝「…私も、この気持ちを届けられて、よかったです」
金「…帰ろう、郝瑾くん」
郝(もう二度と、一緒に歩くことはないんだろうな)
金「…忘れないから」

人物紹介

郝思文(かくしぶん)…二竜山にて束の間の一家団欒を愉しんだ。
郝瑾(かくきん)…父の仕事ぶりを尊敬した。金翠蓮の手のぬくもりを生涯忘れないだろう。
陳娥(ちんが)…気丈な郝家の母親も、ほっとした途端に一滴の涙が。
郝嬌(かくきょう)…燕青の寂しさを癒したいと思った。李固のこともきっと覚えている。
金翠蓮(きんすいれん)…久しぶりに郝一家と会えて嬉しかった。少し大人になった郝瑾の成長も。

燕青(えんせい)…馴染みの飯屋さんで弔い酒を飲みすぎたらしい。

孫新(そんしん)…顧大嫂が梁山泊に帰って寂しい。
顧大嫂(こだいそう)…孫新と別れる時、背骨が折れる勢いで抱きしめた。

楽大娘子(がくだいじょうし)…お得意様がずっと店に来なくなって機嫌が悪い。

秦明(しんめい)…帰ってきた郝瑾が強くなっていてびっくり。
解珍(かいちん)…郝思文の復帰祝いにいいお肉とタレをプレゼントした。

劉唐(りゅうとう)…晁蓋のパクリは絶対に許さない。
楊林(ようりん)…郝思文との連携がばっちりはまった。

梁中書(りょうちゅうしょ)…這う這うの体で帰宅したら、宝物庫の被害額に卒倒。
李成(りせい)…あだ名は天王(てんのう)。お察しの武官だが、そんなに悪い奴じゃない。あだ名のチョイスと雇われた相手が悪かった。
聞達(ぶんたつ)…あだ名は大刀(だいとう)。無骨な武官。青龍偃月刀の腕は関勝に遠く及ばず。

李固(りこ)…悲劇の青蓮寺の手の者。盧俊義の表の仕事で番頭をしていた過去がある。
扈僊(こせん)…聞煥章の部下。目元が海棠の花に似ているのは気のせいか。

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中学生の頃から大好きだった、北方謙三先生大水滸シリーズのなんでもあり二次創作です!