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傘泥棒

 先日、仕事を終えて帰ろうとすると傘がなくなっていた。
 間違えて持って行かれないようにいつも傘立ての外に置くから、そこにないということは誰かが意図的に持って行ったということだ。
 ビニール傘なら使い捨てアイテム的な面もあるからまだ諦めもつくが、なくなったのは布の傘である。悪意を感じずにはおられない。
 これだから三流零細企業は困るのだよと呆れながら、総務のフグ田さんに言って「傘の取り違えが発生している。心当たりのある者は速やかに返したまえよ」というメールを全社配信してもらった。注意喚起を装った牽制である。

 翌日・翌々日と早めに出社し、容疑者として目星を付けていた者が出社するたびに玄関脇の傘立てをチェックした。ところが傘は一向に戻らない。こうなると「ちょっと借りた」のではなく「盗んだ」ということだ。いよいよ悪意が明白になった。

 怪しい中でも、鼻水爺が一番怪しい。
 怪しい癖に怪しくないようなふりをして、「ちっちっちっ」とか言っている。そしてそれがなんだかムカつく。大体、他人の物を盗んでおいて一人で「ちっちっちっ」と言っているのは尋常でない。
 本当は「おい、鼻水爺さん。勝手に他人の傘を持って帰るのは泥棒だぜ? 自分の郷里だと泥棒には人糞をなすりつけていいことになっているんだが、それを踏まえてあんたは一体どうするね? 但し、いまさら単に返したって許す気はないぜ?」と今すぐ言ってやりたいところを証拠がないから我慢していたが、今日、所用で工場へ行ったら自分の傘がそこにあった。

 あぁ、そういえば一昨日ここに置いたんだった、と思い出した。

初出:2022年7月17日『論貪日記』

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