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すり替わる

 コロナの騒動が始まる前、学生時代のバンドメンバーだったナベから急に連絡が来て、四半世紀ぶりにライブをやることになった。
 自分は大名古屋在住だけれど、他の者はみんな大阪近辺だったから、練習は難波でやった。難波は大名古屋から近鉄で行けて、新幹線を使うより安かったのである。
 ある時、帰りにナベが売店の『面白い恋人』を指して、「ご家族にお土産でどうです?」と言った。面白い恋人は随分前から知っていたが、買ったことはない。
「そうだな、まぁ、買って行こうか」
 小さい箱を買ったら、店のおばさんが紙袋に入れて渡してくれた。
「名古屋まで、何時間かかります?」
「二時間ぐらいだよ。ずっとプライムビデオを観てる」
「なるほど、ちょうど映画一本分ぐらいですね」
「今日は里見八犬伝を観ながら来たよ」
 じきに電車が来たから、ナベと別れて乗り込んだ。
 帰りは映画でなく『ウォーキング・デッド』を観ていたが、酒が入っていたのもあって、途中で寝てしまった。

 大名古屋から名鉄へ乗り換えて、帰宅したところで、エフェクターケースを電車に忘れたと気が付いた。ケースに把手が付いていて、サイズがちょうど面白い恋人と同じくらいだったから、うっかりしたのである。
 急いで、まずは近鉄の駅へ行ってみた。

「忘れ物が届いてないですか?」
「どんな物ですか?」
「銀色のアタッシュケースみたいなやつです。これぐらいの大きさの」
「これですか?」
 駅員が自分のエフェクターケースを出して来た。
「それです」
「中身は何ですか?」
「音楽の機材です」
「いいでしょう」
 何がいいのかわからないけれど、無事に手元へ返ってきて安堵した。
 忘れたのが近鉄だったから、名古屋が終点でよかった。名鉄だったらもっと厄介なことになっていただろう。

 家に帰ってから、『面白い恋人』を食べた。家族は誰も食べなかった。


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