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異郷に死す

 妻子が先日沖縄へ行った際、海辺で貝殻を拾ってきた。それをビニール袋に入れたまま、帰って来てから数日間、ずっと放置していたのだけれど、見ると袋の中で何だかもぞもぞ動いている。
「あ! ヤドカリがいた」と娘が言った。
 この数日、袋の中で飲まず食わずで生きていたのである。大した生命力だと、大いに感心した。
 娘は早速、水槽へ土と塩水を入れてヤドカリハウスを作り始めた。

 自分も子供の頃に海でヤドカリを捕まえて帰ったけれど、一週間もしないうちにみんな死んでしまった。
 全体、海の生き物の飼育は難しい。今回もきっと長くはもたないだろうが、わざわざ水を差すようなことを云う必要もないから黙っておいた。全体、ヤドカリがそこにいるのに、そんなことを云ってどうなるものでもない。

 存外大きなヤドカリで、親指の第一関節ぐらいある。昔自分が捕まえたのよりも、随分大きい。
「なんか、髪の毛みたいなのが出た。触覚かな」と、娘はわくわくしながら水槽を眺めている。
 調べてみたらヤドカリは海藻やシラス干しを食うらしい。早速イオンへ行って、ワカメとシラス干しを買って来た。あの頃と違って今はこうしてネットで何でも調べられる。情報量が違うのだから、このヤドカリは意外に長生きするかも知れないと思った。

 帰って早速餌を与えてみたけれど、どうも食べる様子がない。三日経ってもワカメとシラスはそのまま残っている。そうして四日目の今日、「ヤドカリが死んだ」と娘が言った。

「本当に死んだのか?」
「死んだ」
「どうしてわかる?」
「同じポーズのまま動かない」
「死んだふりかも知れんぜ。触ってみたか?」
「嫌だ、キモい」
「生きてるものを死んだつもりにして葬ってはいけない。本当に死んだか、触ってみろ」
「嫌だ、キモい」
 どうも先刻から、この「キモい」が引っ掛かる。中学高校辺りの女子の「キモい」には、当人らが思っている以上の殺傷力がある。ヤドカリに向けられている間は特段問題もないが、人に向けるようになると甚だ剣呑だ。自分も中学時代には、これで血塗れになった覚えがある。一度その辺りは云っておいた方がいいかも知れない。
「じかに触らなくてもいい。棒きれか何かでつついてみろよ」
「嫌だ、キモい」
 わからないことを言う娘である。これでは埒が明かない。
 結局自分がヤドカリをつついてみたら、果たしてピクリとも動かない。どうやら死んでいるようだった。 


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