同じ名前
二十年ばかり前、夜中に煙草を切らせて近所のコンビニへ行った。
季節はもう冬で、吐く息が白い。
学生時代、飲み会の後に公園で「煙草の煙がいつまでも出ると思ったら、自分の息だった」と野村が言ったのを思い出した。随分つまらないことを云うやつだと感心したのを覚えている。
あの当時、学校近くの店で飲み会をしたら向かいの公園へ溜まるのが常だった。近くの家には随分迷惑だったに違いない。
ある時そうして公園で駄弁っていたら、知らないおじさんが寄って来て、「彼の名前は何と云うの?」と井村を指した。井村はしたたかに酔っていた。
「え、山下ですよ」
「下の名前は?」
「シンジ」
「山下シンジね。学部は?」
「工学部、だったかな」
「うん、工学部の山下シンジね。うちの店のケロヨンを蹴飛ばしたんだよ」
「そりゃ、悪いですねぇ。ケロヨンを蹴飛ばすなんて」
「そうだろう」
おじさんは白衣を着ていた。それで飲み屋の隣の薬局の人だとわかった。
おじさんがいなくなってから、井村が「ありがとう」と言って来た。ケロヨンを蹴飛ばしたのなら、庇わない方が良かったかも知れないと思った。
後になって、山下シンジは役者の名前だったと気が付いた。
煙草のついでにビールも買った。店員は大きな声ではきはきと接客する若者で、気分が良かったから礼を云って店を出た。
公団の敷地を抜けた所に小さな墓地があって、有名な加賀の大名家と同じ名前のお墓が一基建っている。家紋も同じものだから、随分以前に分かれた家なのだろう。
墓地の前でふわりと風が吹き、鈴の音がチリンと微かに響いた。
風鈴のようだけれど、こんな時期に風鈴なんて吊るすものだろうか。何だか気持ちが悪いと思ったら、またチリンと聞こえた。いよいよ気持ちが悪くなって、速歩で帰った。
家に着いたらあくびが出た。
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