アンジー・ラナウェイ・オーヴァドライヴ
追ってきた最後の一台が雷に灼かれたが安堵する暇は欠片もない。独りでに迸る絶叫とともに一ミリ残らずアクセルを踏み倒す。
組織の上納金をガメれた時点で奇跡だった。ゴミ箱と通行人を撥ね飛ばしながら街を抜け、追手どもをハイウェイで殺いて三台まで減らせた辺りで女神のキスを確信した。
今日の俺はツキにツイてる、何があっても死ぬはずねえ。馬鹿笑いしながら突っ込んだ先は、組織も政府も手を出さない未開の荒野。先住民上がりのマテオが言うには"百雷の生える地"。知ったことかよ、千発の弾丸にも当たってねえのに稲妻なんぞに撃たれるか。
マテオの言葉は正しかった。
砂。岩。埃。分厚い曇天。大気をブチ割る轟音と振動。次々と地面に突き刺さっては消えないままの、ショッキングピンクの光の柱。そいつがざっと数千本。それがここの全てだった。
最後までしつこく追い回してきたあの一台にも捻じくれた雷がブッ刺さっているはずだ。イカした墓標だクソッタレ、俺に突き刺すのだけはマジで止めろ!
必死のステアリングで雷柱を三本すり抜けた俺の目に飛び込んできたのは、女。
黒レザーのブルゾンに青いジーンズ。雷と同じピンクのショートヘア。車の前に突っ立ってる。
何故、と思う間もなくアクセルを踏み込む。そのまま撥ね飛ばすつもりだった。
ぱり、と聴こえた気がした。
女が消えた。
いや、居る。俺の横。
ぱりぱりと音を立てるピンクの放電。そいつを身に纏って助手席のシートに収まっている。
「な――」
「説明は後!五秒後に来るよ右に避けて!三、ニ――」
咄嗟にステアを右に切った。
轟音。振動。明滅。
さっきまでの進行方向にピンクの柱が突き刺さる。
「何だお前ぇ!」
雷鳴の中で女に叫ぶ。
「アタシの家まで連れてって!」
女も声を張り上げる。
「雷になれるのは一瞬だけなの、遠くて一人じゃ帰れない!」
女が指差す遥か先には、極太の紫電柱が聳え立っている。
【続く】