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怱々(そうそう)たるフリートーク。

そう‐そう【×匆×匆/×怱×怱】
 あわただしいさま。忙しいさま。 

出典:goo辞書

 
 先日の晩、マックでメシを食っていた。晩飯をハンバーガーセットで済ますとは我ながら自堕落で不健康だと思うが、てめえの振る舞いを正当化するだけの口実や気概なぞハナから持ち合わせていない。
 おれが陣取ったカウンター席の向かいにはテーブル席が置かれていた。そのテーブルを囲む4つのチェアは、一席余さずおっさん達のケツで埋められている。
 一括りに「おっさん」と呼称してもその年齢層はピンからキリまであるわけだが、そのおっさんどもはピンの中のピン、軒並み還暦はカタいであろう、どいつもこいつも海千山千の経歴を思わせる一癖ある面構えの連中だった。この記事を書いてる野郎も大概おっさんだが、このピンオブピンたるおっさんどもに比べればキリもいいとこ、ケツの青い鼻ッ垂れの小僧でしかない。
 夜の11時だというのに、還暦越えのおっさんどもはガハハと笑い気勢を上げている。何故かくもおっさんどもが酒類の出ないマクドナルドではしゃげるのだろう。俺の知らないところでクルーが密かにワンカップ大関でも提供しているのではあるまいか。
 そう思いながらコークをずぞぞとストローで啜りこんだ矢先、おっさんどもの話が耳に飛び込んできた。

「さっきから何だお前曹操曹操って、三国志の話なのかその何とかっていうのは」
「曹操じゃねえ葬送だ。葬式の葬に送ると書いて葬送のフリーレンだ」


 啜りこんだコークが器官を直撃した。
 激しく噎せ返るおれを差し置いておっさんどもは話を続ける。

「は、早々にフリーラン? 変なタイトルだなあ、何だか野球の振り逃げみてえじゃねえか」
「葬送のフリーレンだ馬鹿野郎、三国志も野球も関係ねえ。これが中々おもしれえテレビ漫画でよお」

 待て。待て待て待て。情報処理が追いつかない。
 葬送のフリーレン。流行りに疎い俺だって名前くらいは知っている、それくらい有名なアニメ作品だ。アニメやゲームが市民権を得た令和の世なら、大抵のやつがその名前を口にしたところで驚きはしない。
 だが、いくら何でもこれは予想外だ。よもや還暦ジジイの口から流行りのアニメタイトルが飛び出てこようとは。
 いや待て。もしかしたら俺が幻覚に囚われているだけで、実はこいつら全員ハタチの大学生なんじゃなかろうか。深夜のマックで徒党を組んではしゃぐ様といい、流行りのアニメを話題にすることといい、そう考えれば色々と辻褄は合う。
 いややっぱり違う。さっきこのおっさんアニメのことをテレビ漫画と呼ばわりやがった。今日びの若人がまず知らないであろういにしえの呼称を使いこなすあたり、どう疑ってもこいつらは海千山千の還暦野郎どもに違いない。
  
「で、どんな話なんだそのフリーレーンとかいうテレビ漫画は」

 別のおっさんに水を向けられた語り部は待ってましたとばかりに身を乗り出す。
 語り部のおっさん、気持ちはわかるが落ち着け。よく聞き返してみろ、相手が言ったのはフリーレンじゃなくてフリーレーンだ。そいつ絶対ボーリングの話だと思いこんでるぞ。

「うん、よく聞いてくれた。あのな、まずエルフの話なんだよ」
「は、エルフ? 何だてっきりボーリングの話かと思ったぜ、トラックの話かよ」
「…………違う、ボーリングでもトラックの話でもねえ。エルフだ、耳が長くて魔法とか使う美人のねェちゃんだ。お前らもパチンコとかで見たことあるだろう」
「あーあーそういやそんなん見たことあるな。成程あれエルフっつーのか、いすゞも妙なところで色々提携してんだなあ」
「お前ちょっとトラックから離れろ。とにかく耳長の魔法使いのねェちゃんの話なんだ」

 語り部のおっさんの軌道修正に、おれは内心で快哉を叫んだ。
 ここまで書いていて言うのも何だが、おれは葬送のフリーレンなる作品をタイトル以外全く知らない。今日びの言葉で言う『ミリしら』というやつだ。敢えて観ようという気は起きないが、わざわざ解説してくれるなら興味も湧こうというもの。
 さあおっさん、続きをどうぞ。

「まずフリーレンってエルフがいるんだな。そいつは見た目は女の子だが実際は千年以上も生きていて、その世界の魔王をやっつけちまってるくらいの大魔法使いなんだ。これがまた可愛くてなあ」
「何、見た目は女の子で中身はババア。なんだそりゃお前パッケージ詐欺じゃねえか。俺ァこれまで何遍もそういう店やビデオに引っかかってきたんだ、お陰でもう騙されねえ自信がある」
「あのな、こりゃテレビ漫画の話なんだよ。お前のいかがわしい遍歴を披露するのはまたの機会にしてくれや。……まあ最近はロリババアなんて言葉もあるようだが……」
「おいちょっと待て。魔王は最初からやっつけられてんのか?」

 語り部自身が脱線させかけた軌道を、さらに別のおっさんが引き戻す。
 そうだおっさん、俺もそこが気になっていた。語り部がロリババアの概念を説明するルートも面白そうだが、何はともあれ本筋が聞きたい。

「そうなんだよ、最初から魔王はやっつけられてんだな。その魔王を倒したフリーレンが、かつての仲間と再会したり、新しい仲間ともう一度冒険に出たりする話なんだ」
「ほー、つまりババアの余生の話なのか。なんだか親近感が湧いてくるな」 

 あ、そういう風に解釈すんのか!? いやでも確かにババアの余生の話だな。聞く限りではその通りだ。

「そうだろそうだろ、親近感の湧いてくる話だろ。面白いからお前らも観てみたらどうだ。釣りにパチンコに麻雀、いつもの趣味だけじゃますます老けこんじまうってもんだ。たまにはいいもんだぞ、新しいモンに手ェ出すのも」
「んーそうだなあ。たまにはテレビ漫画もいいかもしんねえ」
「そうだそうだ、騙されたと思って一度観てみろ。第一女の子が可愛い!!

 声がでけえよおっさん。何だってアンタ、ド深夜のマックで二次元美少女への愛を叫んでるんだよ。

「うーんそうか、女の子が可愛いか。それならいっぺん観てみるかあ」

 そしてお前も食いつくのかよ。幾つになろうと男は変わらないというわけか、こんな形で知りたくなかったわ畜生め。

 話の結論を得たおっさん達は席を立った。のそのそとゴミを片付けた後、これまたのっそりと店のドアを押す。
 その姿を、おれは畏怖と畏敬の念を抱きつつ眺めていた。

 恐るべしおっさんども。恐るべし令和の世。まさかここまでオタクコンテンツが世間を蚕食さんしょくしていようとは。
 おれは流行りに疎い。正確に言うと流行のコンテンツを忌避してすらいる。しかし、かくも柔軟な昭和ジジイの姿勢を見せつけられた以上、流石に己の在り方を一考せずにはいられない。
 古い小説だけじゃなくて、たまには深夜アニメでも観てみようかしら。そんなことを思いつつコークをずぞぞと啜りこむ。

 ドアを通りしな、おっさんの一人がぼそりと呟いたのが聞こえた。




「テレビ漫画なんて赤胴鈴之助以来だなあ」



 またしても、おれは激しく噎せこんだ。


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