見出し画像

代書屋ゴンドウ

「改装費に百万も使ってるんですよ、何とかしてください!」
ヒスを起こしたマダムを尻目に、俺は地図と土地家屋の登記簿謄本を睨み続ける。

建物の利用には役所の許可が必要な”市街化調整区域”。そうと知らずに空き店舗を利用してのカフェ開業を夢見たマダムが、役所にストップをかけられ俺の事務所に転がり込んできた。救えねえまでの素人トーシロだが、その素人にメシを食わせてもらってる俺は更に救えねえ。

物件の所在は稗島地区。海浜公園の隣、住宅街の喧騒に縁遠い絶好の立地。

つまり、最悪だ。

コイツには許可要件の一つである”集落性”が欠けている。要は昔からの住宅エリアでしか店舗開業は認められないって話だ。
閑静なロケーションに釣られた結果が初手から詰みのこの状況。ヒスりてえのはこっちだ糞が。

喚きっぱなしのババア、もといマダムに一先ずお帰り頂いた後、マルボロで肺と脳味噌に蹴りを入れる。


とっとと起きろ、俺の脳髄。
小役人どもを捻じ伏せる、クールなロジックを叩き出せ。



「厳しいですね、権堂先生」

後日、秋桜のバッジを付けた俺は県庁建築指導課の真鍋と相対していた。マダムの夢を砕いた張本人。感情をドブに捨てた声と瞳。

「ご存知の通り、この建物は集落性が――」「その事ですが」

真鍋を遮り、俺は資料を取り出す。
国土地理院公開の航空写真。昭和47年から現在までの稗島地区を何年かおきに撮影した代物。

「ご覧の通り、現在海浜公園であるこの一帯は昭和47年から平成初年度までの間、市営団地が複数棟存在していました。その期間に当該物件が店舗利用されていた事は謄本上明らかです。県が許可要件に集落性を定めている事も当時から変わりないかと」

真鍋は微動だにしない。
俺もトーンを変える事なく畳み掛ける。

「市営団地を集落とみなし店舗利用を許可したと強く推定される以上、店舗利用に限れば過去の判断を踏襲しての再許可も可能なのでは?」

一瞬、真鍋の瞳が濁った。

【続く】