「代償と幸せ」

「あ、鳥だ。」

病院の窓から見た景色がもういつもの事に見えた。
入院してからとても生きた心地はしなかった


「まだ恋しい?」
「足。」
「…ん? あぁ……。」
「たまーにね。無いはずなのに痛いんだよ。不思議だよね」
「そうなんや…」
「ごめんなぁ、何もできひんくて。 正直こういう時何したらええかわからんって言うのが本音」
「ははっ、気にしないでいいのに。」
「だって俺のせいやんか! 怒ってたからって言うてもここまでしたのは間違ってたと思うし……」


この足は成津との喧嘩で無くなった
俺が怒らせてしまった。離れられないってわかってたのに別れたいと言ってしまった
正直ここまでされるとは思ってなかった
でも今になったらわかる。

これで良かったんだって


「ねぇ、大丈夫だからさ。自分攻めるのやめて?」
「だって…俺が…俺が………っ!」
「ごめん……ごめんな…」
「あぁ…もうダメだ……ごめん……」


成津は腕にある無数の傷跡を掻き乱して我を失っていた


「謝んないでよ、大丈夫だからさ。」
「それに成津がいなくなったら俺の車椅子誰が押してくれるの? 俺には成津しか居ないのに。」
「……」
「ね? だから泣かないで」
「わかった…ごめんな……」
「俺のためって思ってるなら謝らないで」 
「……うん。」
「帰ろうか」
「あ、俺押すよ」
「ありがとう大好きだよ」
「うん。俺も大好き」


どうしても成津を傍に置いておく口実が欲しかった
どうしても成津を自分だけのものにしたかった
体を犠牲にしてまでも手に入れたかった物

病院から帰る途中に見慣れた景色の中を見慣れない自分の体で歩くのは不思議な気持ちだった。


「あ、翔真。ケーキ屋さん寄らへん?」
「いいね。ちょうど俺も甘いの食べたかった」
「いらっしゃいませー、何にいたしますか?」
「んー、そうだなぁ…」
「新作なんか出てるんだぁ〜 悩むな。」
「新作気になりますか? 試食出来ますけど食べますか?」
「ほんとですか! 貰いたいです」
「成津は?」
「……」
「成津……?」
「…………」
「ねぇ、成津」
「……ん? ご、ごめん。俺はいいわ」
「そっか。じゃあ1つで」
「かしこまりました、今持ってきますね!」


成津の顔が曇ってるのがわかる。
場の空気が凍ったのも、ドンッと重くなったのも全部わかった。
俺に足があったら多分立ってられなかったと思う


「こちら、新作のケーキです。どうぞ。」
「ありがとうございます。  美味しい…っ!」
「ほんとですか?! 実はこれ自分で作ってて、あんまり自信なかったんです…」
「そうなんですか? こんなに美味しいのに……」
「そう言って貰えて嬉しい限りです!」
「……ゔぅんっ」


わざと咳をしたんだろう。すぐにわかる。
それも成津の癖だから。

早く帰らなきゃ


「じゃあ、これとこれとこれ…… 成津は?」
「え?あぁ。ショートケーキとタルトがいい」
「じゃあ、それも。」
「はい、ありがとうございます」


箱に詰めて貰ってる間も、お会計の間も背中からの刺された様な視線が痛かった


「こちらケーキです。」
「ありがとうございます。」
「またのお越しを!」


家までの道が遠く見えた


「家帰ったら何しようか」
「……」
「ケーキ食べる?」
「…………」


一言も交わさずに家まで帰った
その間俺の心臓が動いてたかすら危ういくらい記憶が無い


「んー… やっと家だ。」
「おかえり、翔真」
「ただいま、成津」


さっきまでの沈黙が嘘みたいに優しい声で話しかけられて一瞬戸惑ってしまった。

それからは優しく語りかけられ、肩を抱かれ、強く抱き締められた


「…愛してる、ほんまに。」
「うん。」
「……おかえり、おかえり……」
「うん、ただいま。」
「大好きやで…大好き。」


何秒、何分、何時間抱き締め合っただろうか。
幸せな時間だった


「ごめん、そろそろ離すわ。」
「別にいいのに」
「なんか、恥ずなったから…」
「そっか」
「ねぇ、成津。映画見ない?」
「映画…? 別にええけど」
「何見ようかなぁ〜」
「よっしゃ、ホラーにしよか!!」
「えぇー! 俺やだよ!」
「ええからええから、まぁ見よや」
「もう……」



ホラー映画を何本か見たらもう外が暗くなっていた
成津といると長い時間もすぐ過ぎ去って行く


「あ、もうこんな時間か…」
「ほんとだ」
「翔真はそのままでええよ。俺、晩御飯作るわ」
「ほんとに? 嬉しい」
「何食べたい? なんでも作ったろ」
「んー…じゃあハンバーグ」
「わかった! ほんなら気合い入れて作るわな!!」


なんでもない会話、なんでもない日々
それがとても嬉しい。
一緒にいれる時間全てが成津に染められている気がして幸福感でいっぱいだった


「出来た! 温かいうちに食べて!」
「わかったわかったから… あははっ」
「いただきまーす!」
「いただきます。」
「んー…!うまぁ。やっぱ俺って天才やな」
「ほんとだ。確かに美味しい。」
「やろぉ?」
「でも焦げてる。」
「そこは言わんといてもろて……」
「すっごい美味しいよ、ありがとね」
「別にこれぐらい恋人やったら普通やろ」


少し嘘をついた

本当はハンバーグの焦げた所が本当は大嫌いなのに美味しいと言ってしまった。言葉にそれが現れてなければいいのに。そう思うことで頭がいっぱいだった



「ふー、お腹いっぱい。」
「そや、さっき買ったケーキ食べる?」
「いいね。そうしよう」
「取ってくるわ。」
「はい、これ翔真の」
「ありがとう」
「……やっぱり美味しい。このケーキ」
「良かったなぁ〜」
「このクリームとスポンジの相性がすごくいい! なんてったって甘さが絶妙なバランスなんだよねぇ」
「ふーん…」
「そんなに美味しいん?」
「うん!物凄く!!」
「そっか。」
「……?…成津?」
「そんなに好きなんやったらそいつと付き合ったらええやん。」
「え?」


そう思ってからじゃ遅かった
鋭い成津の眼光が俺の前を通った瞬間もう成津の手は俺の首に伸びていた


「そんなに好きやねんやったら死んで見守っときいや。」
「……っ! ゔぅ…… な…つ……」
「まだ喋れる元気あるんや。ほんならもっと締めたるわ」
「ゔ……っ! ほん、やめ……!!」
「ほら、はよ死ねや。」
「な……つ………っ!」



成津の腕だけで無造作に持ち上げられた体の重みと、強い力でどんどん締まる首に抵抗できなかった。

指や爪がくい込んで跡が着くぐらいに強い。
そんなことを考えているとスっと苦しさが消えた

床に倒れ込んだ俺を成津は死んだ猫の死骸を見る様な目で見ていた


「……ゲホッ…ゲッホゲッホ……ッ!」
「…」
「ゔぅ…… ご、ごめん成津……俺…」
「なんや?謝るってことはなんかあるんか?」
「俺に隠すようななんかあるん?」
「ち、ちが!」
「……もうええわ。」
「…え?」
「お前ほんまに死ねや」
「痛っ! 痛い!痛いよ成津!!」
「うるさいなぁ……」
「…っ!オェッ… ゔっ……!!」



気付いたら髪を引っ張り上げられて暴力を振るわれていた。
腹部に鋭い痛みが走って目の前が暗くなったりチカチカしたりした

さっき食べたハンバーグやケーキ、サラダやスープが固形のまま体内から出てきた



「なんで出すんよ。俺の料理不味かったん?なぁ!!」
「ゔぁっ!! ……ごはっ!」
「ほら、食べや。口入れたるから」
「や、やめ……っ! オェッ!!」
「ほら!」
「いたっ…… ゔっ!」



1発、2発、3発

何回も何回も蹴られ、踏まれ、殴られた。
でもこれは仕方ない。
成津はこうしないと愛を伝えられないから
これが成津なりの愛なんだ

自分から出た物の上に転がってもがいてる事しかできなかった

その間もずっと成津は俺に暴力を振るったままただひたすらに涙をこらえていた



「…な、成津……? ゲホッ…」
「翔真… 俺間違ってるやんな。」
「こんなん愛ちゃう。ただの独占やんか」
「成津……俺…」
「喋らんでええよ。もう。もうあかんわ…」
「成津… ゔっ…!」
「翔真?!」
「オェッ……!」


自分の口から血が出た。血を見るのは何回目だろうか?

さっき殴られたところが紫や青や赤に変わっているのを見て俺も成津もゾッとしたのだろう。
痛みで喋る事すら出来なかった

成津は独占欲の塊だ
それ以上でもそれ以下でもない

俺はそれが心の底から嬉しくて、愛おしくてどうしようもなかった。「愛してる」ただそんな感情だけが先走って体なんかどうでもよかった
ただ一緒にいたい。ただ俺だけを見てほしい。
本当にそれだけだった

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