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小川洋子「ことり」

 2024/06/09読了。
 小鳥の言葉を聴き取ることができるが人の言葉を話せなくなった兄と、その兄を生涯支える弟、孤独な兄弟の物語だった。

 物語は、弟が鳥籠を抱いて孤独死している場面から始まる。なぜ、彼が小鳥の小父さんと呼ばれるようになったのか。

 物語は彼らが少年だった頃に遡り、それからは時間の流れに従い、冒頭の場面の数日前まで続く。兄弟は社会の隅で息をひそめて暮らしている。やがて両親を失い、ポーポーを失っても、密やかに同じ日常を繰り返す。

 兄弟の物語ではあるが、兄が死んでからの弟の人生も、決して省略されずに描き出される。兄を失ってからの弟一人の人生も、時間を捧げる対象を得ては失っていく、喪失の繰り返しである。

 薬局の飴(ポーポー)、幼稚園にある鳥小屋の掃除、若い司書、バラの咲くゲストハウスでの仕事、虫籠の老人…。

 人生のすべてにおいて永遠は無いことは分かりきっている。それでも喪失はどうしても、物悲しくて寂しい。
 だからこそ最期、弟が彼だけの小鳥を誰にも奪われずに空に登っていったことに救われた。

 物語は祈りを囁く。彼のようにあまりに弱く、奪われ続けたとしても、生涯で一つくらいは自分の大切なものを護りきることができると。

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