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草の響き

 私は北海道函館市で生まれた。いわゆる母の里帰り出産というやつだったので、誰かに出身地を尋ねられたら茨城と答えると思う。出身地という言葉は難しい、私は育った場所が出身地だと思うのだけど産まれた場所でもいいのだろうか。祖母の家にはお風呂がなくて、寒い雪の日も銭湯に行かなくてはいけなかった。信じられなくらい湯船のお湯が熱かった。お風呂の帰りにタコ焼きを食べるのが好きだった。朝ごはんにイカソーメンを食べて市民プールで泳いだ。市民プールの隣にある小さな古着屋が祖母はお気に入りだった。函館という街は面白い、明るさと暗さが表裏一体になっていると思う。だから私は函館が好きなんじゃないか、と思う。

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 佐藤泰志原作の『そこのみにて光輝く』は私の中で好きな邦画ランキングに必ずランクインする好きな作品である。あれも函館が舞台で、なんといっても役者が良かった。若かりし頃の菅田将暉が出ていて、あまりにも演技が上手いのでめちゃくちゃ記憶に残っている。まさかこんな有名になるとは。池脇千鶴の年齢の重ね方があんなに輝いた作品はないだろう!

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 そんなこんなで今回の『草の響き』も佐藤泰志原作の映画である。佐藤泰志さんは函館市の出身で41歳で自ら命を絶っている。最後は統合失調症で苦しんだようで、作品に強く影響しているように思う。

 和雄は自律神経失調症と診断されると、医者に運動療法を進められてただひたすら走るというのが映画のあらすじ。主演の東出さんの背が高くてしっかりした身体なのに自信がなさそうで、縮こまっている演技が作中で際立ってて良かった。いろんな出来事が起こる中で、みんなが本当は言いたいことがあるのに言えない姿が印象的で、じゃあ相手に分かって欲しいって気持ちが根底にあるのかというと違う気がして、、。本当はそうじゃないんだって言いたいけど言ったら壊れてしまう、かと言って諦めきれないもどかしさが絶妙だった。『人の心には触れられない』っていうセリフがあって、そうなんだよね、他人の心には触れられなくて、他人も自分の心には触れられないんだよな〜。いくら一緒に過ごしても、血の繋がりがあっても他人である限り相手へ期待しすぎてはいけなくて、自分の中に芯を持たないとブレてしまうよね。
 映画の中と私生活を一緒にするのはどうかと思うけど、この役を演じた東出さんの心境や、何か変化があったのか聞いてみたい。役者や音楽家は潔癖でなくても良い、むしろそうでないところが必要なのかも?なんて勝手に考えてみたりするけど、こんな強烈な役を騒動後の初主演に持ってくるのは何かしらの覚悟や気持ちがあったのだろうか。映画の中で泣いている時や、セリフに私情は入らないのだろうか、、、。役者として素晴らしかったから、今後どうなっていくか楽しみになってしまった。

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 映画のパンフレット最後に、佐藤泰志の娘さんからコメントが記載されている。幼い頃に父親を亡くされ、身近で精神病を見守るのは大変だったろうな。生きていれば苦しんだり辛かったり、明るいことより暗いものに目がいってしまうけど、そんな経験も全て優しさに繋がると私は信じているのです。

”抗えない何かに必死で抵抗する主人公の姿に、父を想ってただただ涙が出ました。(中略)生きていれば、ある日突然、霧の晴れたような時が訪れるのかもしれない。映画の和雄の走る先も、どうか明るく照らされている事を、願ってやみません。”  ー小暮朝海 

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