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【小説】カセットテープなカフェバー【2】

店に入ってきた優子は、覚悟を決めたかのように私の目をしっかりと見つめていた。
「いらっしゃい。どうぞ、こちらに」
私は、2人をテーブル席へ案内した。
優子のクライアントは、島村と名乗った。
珈琲を持って行き、優子達のいるテーブルを振り返る。
優子は異常なまでの相槌を打ち、あからさまに焦っている感じが伝わってくる。
いわゆる、プチパニックといったところだろうか。
私は優子がSOSを出さない限り、近づかないことにしていた。
変に首を突っ込んで、優子の仕事が破談になってしまっては意味がないからだ。
しばらくして、チラチラと優子からの視線を感じるようになった。
ようやく、私の出番が来たようだ。

私はつとめて自然に
「珈琲のおかわりはいかがですか?」
と、会話に入っていった。
優子は「よく来てくれました」とばかりに助けを求めてきた。
「ねぇ、マスター。カセットテープはデッキによって音が変わるのは当然だけど、それがポジションによっても違ってくるのは知ってる?」
カセットテープファンにとっては、何とも初歩的な質問だった。
まったく、もっと捻った問いかけをしろよ。
これじゃ、先が思いやられる。
「ああ。付け加えれば、オーディオ機器メーカーによっても、またその機器の製造された時期によっても音質の得意分野は変わってくるよね」
すると、島村がまさにそれが言いたかったとばかりに喜んで話が盛り上がった。
更に、島村が聞いてきた。
「ところで、マスターにとって良いカセットテープとは、どんなものかな?」
奥の深い質問だ。
優子の問いかけとは大違いだった。
「それは、ユーザーが求める音質が忠実に提供できるカセットテープであること、ですね」
「ありそうで、実はあまりないのが現状だな」
島村は、そういって遠くを見つめていた。
「そういえば、静寂性が売りのメタルポジションなら幸いストックがあるので、よかったら持ち帰って使ってみますか?」
私のこの一言に、島村は瞬時に元気が出たのが分かった。
「それは、本当にありがたい」
満面の笑みだった。
純粋に、私もうれしくなった。
「また、ここへ来て、感想を聞かせてくれたら嬉しいです」
「ええ。是非」
どうやらこれで、常連客が一人増えたようだ。

優子のインタビューも無事終わり、なんとか記事になりそうだった。
午後4時になり、島村が帰ったあと気が抜けた優子が言う。
「マスター、今日はどうも有難う。ホッとしたわぁ。で、珈琲のおかわりを頂戴。それと、何か1曲お願い」
珍しくリクエストしてきた優子の瞳は潤みを帯び、その優しい眼差しで私を見つめていた。
本当に嬉しかったのだろう。
お客を増やしてくれた礼でもある。
ここはちゃんと聞いておかないとね。
「珈琲は、とびっきりのを出してあげるよ。じゃ、今回はこのカセットテープで行こうかな」
そう言いながら取り出したのは、メタルポジションのカセットテープだった。
今度は、AIWAのXK-S9000に入れて再生ボタンを押した。
ハリのある音を幅広いレンジで表現できる、超が付くほどの高性能なカセットデッキだった。
優子が目を閉じる。
「いいわね。カセットテープなのに古い気がしないわ」
と、そこに、会社員風のお客が近づいてきた。

つづく


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