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東京を嫌っても好いても、また髪を切るんでしょう

誰も知ったことではないんですが。
髪を1年ぶりに切りました。ひと月で1cmくらい伸びるそうなので、12cmくらいこの頭の上で、伸び伸び好き勝手してたそうです。

たくさん切ってもらいました。成果は大きいです。10ヶ月目あたりからずっと諦めていた、食事の際前髪が食器にセルフ混入する問題。ヘアゴムの止め方知らなさすぎて、常時パイナップルスタイル期間。それらにピリオドをうてたのがデカいです。


サイズ感 伝わらん

夏の宿題、終わり。一年かかった100キロマラソン走った爽快感すらある。

あとはもうフェチズムとかコンプレックスの話になります。お暇ならサライでも歌いながらお付き合いください。


インキャ生理現象と髪切り負のループ



生きててずーっと髪を切られるのが苦手です。
理由は
①知らない人に注文する会話
②知らない人と間を埋める会話
③知らない人に触れられ続ける時間と空間
④知らない人に自分が発する汗をどうやっても触れさせてしまう心労
です。

解説なんてないですが、知らない人が苦手です。他人さえそもそも苦手なので、割と近距離で小一時間居るだけで労働よりしんどいです。

ボクは住居を転々とする中で、自分の身体の一部と精神を委ねる活動場所を固定化できたことはほとんどありませんでした。

そして上にあげた苦手な理由のうち、一番ボクを刺していたのは④の汗っかきだったりします。それ以外ならまあ、まだ許容できるというか。

汗触らせるのが一番申し訳なさがあった気がする。もちろん緊張もある。でもそれ以上に、あの仰々しいリクライニングに座ることにより、条件反射で発汗するように脳から命令が下されるらしい。

相手が男性でも女性でも、なんか自分の生理現象に突き合わせる事実がひどく苦手だった。

それくらい相手も理髪師なら弁えてるし、もっと汚いものも平気で触ってるでしょう。みたいな自己解釈を勝手に携えても全然無理だった。

足が遠のく→髪切る間隔が空く→一度に大量に切ってもらうことになる→また嫌な時間が伸びる→もっと行く気無くなる

ってここ6年間くらい、ずっとそんな感じだった。

去年7月、また店舗を変えた。その時も、確か10ヶ月くらい溜め込んで持ち込んだゴミを捨てさせてもらうような気分だった。

そこはホットペッパーの最寄駅検索でなんとなく目に留まった店だった。

理由は簡単で、オシャレじゃなそう。TANAKAみたいな人名アルファベット表記の店名。店員さんも20~40代男女バラバラで、優しそう。(この場合における最上級の表現、優しそう)

スタイリストの指名なんてしたことがない。ってか、振り返ると接客されるような職業の方の、誰も指名をしたことがない。

でもボクとしてはとてもラッキーな人に当たった。2022の夏のこと。

切る切られる生物の間で

店に入った時から彼は受付にいた。はじめまして、予約した者です。じゃあまずは、と荷物を預かってもらう仕組みに従った。

「うわ、めっちゃ良いっすねこのリュック!材質が!!」

キョトンとした。
間違って服屋にでも来てしまったのだろうか。
誉め殺して、挙句「今日のお客様のコーデにもピッタリなボタニカルシャンプーがあるんですよお」まで持っていかれるのだろうか。

そんなことを思う余裕などない。髪切り床に踏み入った時点で、こっちは今にもうめき声をあげてしまいそうなのだ。

青いサンダルで、膝まであるワンピースみたいな薄水色のカットソー、の長髪な客。

そんな見てくれの変なやつに、お相手の口車は止まらない。

「いやーめっちゃ僕の好きな感じなんですよ。リュックといい格好といい」

すでにリクライニングチェアを模した拷問椅子に座らせた余裕なのか。はたまた今度は「在庫は現品限りの大人気コンディショナー」を勧められるのだろうか。

まだ着用義務のあったマスクの下で、口をおろおろ働かせるわたし。

「清潔感ってやつを手に入れたくて来ました」

なぜなら明日女性用風俗の面接があるんです

言わなかった。

言えるけど、言っちゃえるけど。ここでのカマしはどこにも誰にも需要がないので言わなかった。

ヘアゴムを外しながら、野暮に伸びた恥の全長を晒す。

エロティシズムのかけらもない。あるのはただ、罪悪感と汚部屋を見せるもどかしさをブレンドした気分だった。

「良いっすねえ〜切りがいしかないっすねえ」

鏡の向こうのアパレルショップ店員さんは、なんかずっと楽しげにしている。ボクの髪やら首やら切り裂ける瞬間を待ち望んでいるみたいだった。

そこでようやく彼の雰囲気や話し具合から、年の近い青年であることを認識した。マスクで引いて足した想像から察するに、イケメンとかじゃないんだろう。

でも、やっぱり優しそうだった。

私の髪切りの経験上、そこまでも十分違った。格好や持ち物で会話が始まったことは記憶にない。

そして切り始めてからも違った。

ずーっと喋ってくるのである。フツーか。
他愛無い、ひと様同士のそれ。まるで大人みたい。

こちとら無視も寝たふりもできる。むしろ会話できてると思ってる相槌が一番できてないんだろうが、とかく場の主導権くらいは握れる。

でも不思議とずーっと続けてきた。ボクもまあまあ話そうとしていた。

彼を基準にして省みると、これまでの髪切りさんたちはほとんど話しかけてこなかった。そうであれば、まずもってこちらから発話などしないので、2時間沈黙するだけでこなしてきたはずである。

話しかけてこない理由はいずれも自分にあるとわかっていた。
・単に風貌や格好、雰囲気に至るまで話しかけにくそう
・髪を切る量が多すぎてしゃべる暇がない

そのどちらもだと思う。

ところが、結果的には3時間10分ほど、彼はボクと喋り続けていた。

しどろもどろな返答しかしないはずのボクと、よくまあそれを続けた。

だって「お仕事何なさってるんですか?」って聞いても
「あっえっ。ジョ…会社員。え。はい」としか返ってこないのに。

あまりに常態的になってくると、ボクの方からも何か言った覚えがある。

多分仕事としての彼の行い、会話に興味があった。

よく喋りますねえ。皮肉じゃなくて本音。
だけどボクが告げたのは、会話の中の成分の方だった。

彼はボクに要望がないか、どんな感じやイメージを抱いているか、常に聞いてくるのだ。
それこそ当たり前過ぎるけど。

「思いっきりコミュニケーションの仕事なんすね」
そう言った。

「そうなんですよね。おしゃべりなんです」と答える彼に、クリエイティビティを感じた。

それは敬意ともいう。

好きと嫌いと生態と

東京に来た最初の冬。街並みを歩いては、すれ違う誰かに有り難がった。
その人は誰も、赤や緑やスカイブルーのようなはっきりした色のアウターを着ていた。

寒さを防ぐため暗い色に染まる人々の中で、その人は15人に1人ぐらいの割合でしかボクの目に映らなかった。

だからこそ見つかるたびに、「彩りをくれてありがとう」とひとり勝手に謝意を持った。

今にして思うと、人の多さに煩わしさを持たなくて済んだのは、コロナによるところも大きい。田舎育ちの人嫌いが上京するには、悪くないタイミングだったんだろう。

それでもやはり自分のセンサーが働くのは、みんながみんな、揃いも揃ってシステマチックになる瞬間だった。だから冬は外に出るだけで仄暗いしんどさがいつもある。

みんなバカみたいに黒を着るんだから。

朝、新宿方面に向かう電車の待ち列とかも、大体はおんなじ理由で吐き気すら催してしまう。

そもそも集合体恐怖症が自分にはある。集まりに集まった無機物でも生物でも見ると吐きそうになる。

でもことさら意思も頭脳も持っているはずの人間たちが、そっくりに寄り固まるサマを見ると、ほんとうに胃液が上がってくる。不便な体なんだ。

似ても似つかぬ話をもう一つ。

東京に来たことがキッカケか知らないけど、昔付き合っていた人の顔より、どうやらボクは元カノの後頭部の方が記憶として残っているらしい。

だから駅とかで毎朝ゲンナリする。みんな元カノみてーな後ろ髪してやがる。

その髪型が流行ってるとすれば、オシャレに無知なボクが挟める口はない。
それでもこぼす愚痴は「おもんない」だ。

いや、わかる。みんな一人一人、一緒に見えてもこだわりや違いがある。専属のスタイリストさんが手塩にかけてできたヘアスタイルだ。

ボクみたいな、1000円カットと1100円カットの出来の違いも見分けられないような目しかないやつが、彼ら彼女らをよく知りもせず一緒くたにするのは本当にバカだ。

でも元カノの後ろ髪に見える人を、一日28人カウントしたことあるこの東京を、笑いながら嫌う権利くらいはボクにもあるだろう。

都民税払ってるぜ。

作り上げるために

去年の注文は清潔感だったが、今年は我を出した。
「バカでもわかるような、変なのが良いんす。コレこだわりなんだよーって自分でも言えるような」

そんな注文をおしゃべりな彼にした。
元カノうんぬんは省いた。要らん。

「さっき現れたとき、ちゃんと一年間そのままでいてくれた!!ってなりました」

一年ぶりに現れた客のような合法投棄者を前に、彼は早速嬉しそうに笑った。

清潔にも女風セラピストにもならず、毛とヒゲにまみれたそれが、今度ははちゃめちゃなワガママを言い出しているのに。

今年も結局よく喋った。
もちろん、世間話と彼からの質問を織り交ぜながら。

「後ろは切りますか刈りますか」
「左右の長さはどのくらい差をつけますか」
「前髪まだ切っても大丈夫ですけど、どうしましょう?」

書き起こすとなかなか普通だ。
それくらいなら、これまでボクでも聞かれたことだろう。

でもやっぱ、コミュニケーションを交えながら何かができていくサマを目の前で見られるこの時間を、ボクは特別に感じている。

ココナラで、他のクリエイターさんにイラストを外注した時みたいだ。要望や進捗を交わしながら、こちらの意のまま作ってくれるその姿にリスペクトせずにはいられない。

だからこっちも言わなきゃダメだし、伝えなきゃダメだ。
なんとなく良い感じにしてくれる〜を相手に投げるのは、勝手が過ぎる。

それをわかってるから、コミュニケーションを取る。

自分が作ってもないのに、注文を受けて出来上がったものを見て、想像を超えてもらって嬉しい。自分には辿り着かないところの景色をくれる。

そういう大好きな体験を、髪切りの中でも味わっていた。

彼も乗り気だった。
「社内コンテストとかだけで使う、かなりコアな技術がいま役立ってます」

好きで使うという特製の白いハサミを見せてくれた。やはりどっかフィーリングは似ているんだろうなと思う。

気の合う合わないは運任せだけど、話し合う中で出来上がる楽しさをくれた彼を、ボクはクリエイターだと信じてやまない。

「年に一回だけ切って。また今年は何にしましょうかって、楽しみにさせてもらいますよ」

引っ越さないでくださいね、と初めて誰かに言われたのも、どうやら東京になるらしい。

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死ぬまでに本気で一回書いとかねば!!って電気とネットが止まった部屋で思ってから、やっと書き始めるボクのここまでと、そこらへん。エッセイ集。…

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