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なぜ「イヤな予感」は当たるのか

はじめに

 皆さんは「虫の知らせ」と呼ばれる現象に心当たりがあるでしょうか。

 「何か不幸なこと」が自分の身近に降りかかってくる前に、それを知らせるかのように「いつもと違った出来事」「いつもと違った感覚」を経験することを、慣用的にこう呼びますね。

 こうした不思議な現象はまだ完全に科学で解明できているわけではありません。

 しかし、現代の心理学で説明できる部分もあると私は考えています。


思い出せますか?

 一般論ではピンとこないと思うのでちょっとした実験をしてみましょう。

 次の話は、私が書いた架空のエピソードです。

 この文章を一読して、質問に答えてみてください。

 ある日、僕は不吉な夢を見た。夢の中では強い風が吹いていて、僕は十字路に立っていた。するとそこに、黒い犬が現れ、僕に飛びかかってきた。その牙が僕の首元に届く寸前、僕は目を覚ました。
 朝起きると空は快晴だった。今日は彼女とデートの約束がある。
 9時45分を指した時計を横目に、お気に入りの紺色のジャケットを着て家を出た。道路に出ると、隣の家の三毛猫が目の前を横切っていった。駅前の交差点で赤信号に足を止めると、緑色のバスが目の前を通り過ぎて行った。駅には約束の10時半より15分早く着いた。さすがに彼女はまだ来ていない。自動販売機で買ったコーラを飲み、時間を潰すことにした。
 予定時刻を5分過ぎても彼女は来なかった。
 普段なら遅れる時にも連絡をしてくるのに。
 そこに着信が入ったが、聞こえてきたのは彼女の声ではなかった。
 彼女は家を出て駅に向かう途中、9時5分頃に事故に遭ったらしい。突然飛びかかってきた黒い犬を避けようとしたところ、誤って車道に飛び出してしまい、黒い乗用車にはねられたと言う。白いワンピースが真っ赤に染まっていたそうだ。
 僕はあまりのことに言葉を失ってしまった。

 さて、それでは上の文章を読まずに、一つ質問に答えてみてください。


「僕」が夢の中で見た犬の色は何色だったでしょうか?


 意外とあっさり答えられたのではないでしょうか。

 これには、いわば無意識の関連づけが寄与していると考えられます。

 「もしかしてアレはソレと関係があったのではないか?」といった記憶の探索が無意識に行われることで、「関連のありそうな符合」が思い出されやすくなるんですね。


 こうした心の働きは、迷信じみたものに対してのみ機能するわけではありません。

 というより、私たちがこのように「何か関連のありそうなこと」を無意識に思い出そうとする思考の癖は、きっとそれが有利に働く場面もあるからこそ保存されてきたのでしょう。

 例えば晩ごはんを食べた後にお腹が痛くなった時、「あのマグロがいけなかったのかもしれない」とか思い出すことがあるかもしれません。「そういえば叔父さんの摘んできたキノコも食べたな」なんてことも思い出すかもしれません。

 そして実際、こうした記憶はあなたが病院に行った時に重要な情報となるでしょう


 「何か珍しいことがあった時、その前に起こったことをなるべく詳しく思い出し、そこに関連を見出そうとする」という思考は、適切に発揮されれば自然界に存在する因果関係を推定するための大きな力になりえます。

 機械学習の世界では、コンピュータが因果関係を学習するためには人間の何倍もの経験量を要することは有名です。

 しかし「人間は少ない経験量で因果関係を推定推定できるようになる」ということを裏返して考えれば、人間には「ちょっと根拠に乏しくても結びつけて考えてしまう」傾向が潜んでいるとも推測できるでしょう。

 なればこそ、時には勇み足で「存在しない因果関係」を推定してしまうことも致し方ないと言えますね。


想起バイアスとは何か

 何か悪いことが起こったとき、多くの人は事後的に「アレが悪かったのかもしれない」など色々と考えてしまいます

 このように「後になってから過去を思い出す」場合に、思い出される内容が影響を受けてしまうことを「想起バイアス recall bias」と称します。


 これは、生活習慣と健康・疾患の関連性を研究するような場合に、非常に厄介な存在とみなされています。

 例えば、肺がんに罹った人が「あなたは過去に煙草を吸っていましたか?」と聞かれたら、たとえわずかな時期でもちゃんと思い出してしっかり申告するでしょう。しかし、肺がんにならなかった人は、若い頃にごく短い期間だけ吸っていた程度であれば簡単に忘れてしまったり、覚えていたとしても「このくらいは吸ってたうちに入らないかな」と軽視してしまうかもしれません。

 一般に、病気に罹ったりした人は「アレが良くなかったんじゃないか」「これが原因だったんじゃないか」などと、何も起こらなかった人より色々と細かいことを思い出してしまうんですね。

 「肺がんになった人は喫煙の過去を想起する確率が高い」のだとしたら、実際に病気になってから「過去の生活習慣のアンケート」を取っても、「本当に喫煙している人は肺がんになりやすいのか」は分からなくなってしまいますよね。

 正確なデータを出すためには「煙草を吸っているかどうか。どのくらい吸っているか」を先に押さえて、その人々を追跡して肺がんの発症率を調べる必要があるわけです。質の高い疫学研究は、ちゃんとこういう方法で煙草と肺がんの確率的関係を調べています。


 さて、突然ですがここでまた質問です。

 前の段落で出てきた架空のエピソードについて答えて下さい。

Q1:「僕」の夢に出てきた犬の色は何色でしたか?
Q2:「僕」の夢の中はどんな天候でしたか?
Q3:「僕」が着ていった服の色は?
Q4:「僕」が家を出た時刻は?
Q5:「僕」が駅前の交差点で見た車は?

 いくつの質問に自信を持って答えられたでしょうか

 おそらくですが、1番の質問以外はあまり自信がないと言う方が多いのではないでしょうか。(全部同じくらい自身を持って正答できた人がいたらごめんなさい、あなたは例外です)


 これは、「後の出来事に関連付けられそうな出来事は思い出されやすい」ということに加え、「その関連性について、いったん意識化された」ことで、その部分の記憶がさらに強く固定されたことが原因です。

 私のお伝えしたい現象を体感して頂けたでしょうか。


「当たった!」が記憶を強める

 さて、今回の趣旨はもうお分かりですね。

 「想起バイアス」の考え方は病気に限らず、基本的には「過去を振り返って何かの原因を考える時」に一般に当てはめられるでしょう。

 事故や事件の起こる前に見たもの・聞いたものの中から、ちょっとでも意味を見いだせそうな現象を拾い上げて「何か関係のあるものだったのかも」「実は予兆だったんじゃないか」という発想に至ってしまうことは、この現象で説明できます。

 ましてや人間には、劇的なことが起こった時に、その際の周辺状況をいつもより強く記憶してしまう傾向があるので(cf. flashbulb memory)、「こういう予兆の後にこんな衝撃的な事が起こった!」というエピソードは強く記憶に刻まれます

 つまり言い換えるなら、「イヤな予感が当たる」かどうかに関わらず、「起こった現象に対して予感を後付けする」ことによって、私たちは「イヤな予感は当たりやすい」という印象を植え付けられやすい。


 何か意味のありそうな夢を見たとき、あるいはいつもと違った現象が起こったとき、私たちは一時的に「この後何かが起こるかもしれない」という気分になります。

 そして、実際その後に何かが起こると、どんなに些細なことであっても「あれが前兆だったのかもしれない」と関連づけられ、印象に残ります

 一方、何も起こらなかった時には、そんな予感を感じたこと自体が想起されず、「予感」は高確率で忘れ去られてしまいます。

 このように、「想起バイアス」によって私たちは「悪い予感が当たる」と言う印象を抱きやすくなるのです。


 ただ誤解しないでほしいのは、私の論は「全ての『虫の知らせ』は勘違いや思い込みだ」と主張するものではありません

 もしかしたら世の中には、「(偶然以上の確率で)悪い出来事の前兆を感じ取れる」という人もいるかもしれませんし、「夢で見た内容が実際に高い確率で現実化する」という人も、いてもおかしくないと私は思っています。

 しかし、このような場合に、それを事後的に主張して検証するアプローチでは、上記のような想起バイアスの呪縛を免れる事ができません。

 もしも「本物」であれば、過去を振り返る形ではなく未来に向けて検証する形で主張する必要があります。

 つまり、何か悪いことが起こってから「あの夢が前兆だったんだ」という風に主張するとどうしても後付けになりますから、夢を見た時点でその全ての内容を書き留めて追跡調査すれば良いわけですね。

 こうすれば、「夢に見た内容のうち何割くらいが実現したか。それは一般的に予測される確率より有意に高いかどうか」と言う検証が可能になります。(実際やるならもう少し具体的に詰める必要がありますが)


 という訳なので、「我こそは検証に値する『本物』である」という自負をお持ちで、それを科学的に検証したい方がいらっしゃいましたら、コメント欄等で私にご相談下さい。

 具体的に御相談頂ければ、統計学的に考慮すべき要因について、もう少し細かく助言できます。確約は出来ませんが、お力になれると思います。




まとめ


Q:なぜ「イヤな予感」は当たるのか?

A:劇的な出来事が起こった時、人はその前の出来事を無意識に色眼鏡を通して見直してしまいます。そして「直前にあった出来事」と「その後に起こった悪い出来事」の関連付けに成功した場合、そのセットは強烈な印象として残りやすくなります。
 一方で、「イヤな予感がしたけど、何も起こらなかった」場合には、何事もなく予感ごと忘れ去られる確率が高いでしょう。
 このような人間の記憶の特性によって、「イヤな予感」は「的中しやすい」と錯覚されている可能性が考えられます。



参考文献

箱田 裕司, 都築 誉史, 川畑 秀明, 萩原 滋 (2010) 『New Liberal Arts Selection 認知心理学』有斐閣

Coughlin, Steven S. "Recall bias in epidemiologic studies." Journal of clinical epidemiology 43.1 (1990): 87-91.

Sedgwick, Philip. "What is recall bias?." BMJ 344 (2012).

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