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人生の「通学路破り」をしよう

小学生のとき「通学路破り」なんて言葉があった。

今思えば別に通学路なんてどうということはないのだが、安全の確保という点でも一応は作っておかねばならず、そして何より当時の我々にとって「通学路破り」の罪は非常に重いものであった。

通学路と異なった道を行こうものなら先生に密告されることも少なくなかった。ましてその罪が友人にばれたら自分にとっての弱みにすらなって、拙い交渉の道具になってしまうこともあった。

実際、それを指摘されると途端に「うっ」という気持ちになる。

この罪と弱みの関係性は現代社会にあっても共通した何かがありそうだ。前科のある人間の雇用を拒んだりするのはその典型ではあるまいか。一度の失敗で社会という不可視な「カタマリ」から受ける風当たりは圧倒的に強くなるのである。学校とはよくできている。

閑話休題。通学路とは、安全のために規定される通学のための道順である。

その道そのものに謎のトラップがないかどうかとか、狭すぎたりしないかとかが考え抜かれている。万が一連れ去られたりしても見通しのよい道であれば誰かが目撃している可能性だってある。そんな感じで考えてみると、子供の安全という大義があることが分かってくるし、そして通学路が結構大切なものらしいことが分かる。

しかし、それでも通学路は破られる運命にある。同じ道を6年間往復し続けるなど、やんちゃ盛りの子供にはおよそ我慢ならないのである。

私も通学路含めルートが二つあったのだが、通学路の坂が長いことを嫌気し、別ルートの短く急な坂のあるほうへよく行っていた。そちらは人通りが少ないから結構空いているのだが、それ故に一度人糞が落ちているのを見てから使うのをやめてしまった。通学路を破ることには思わぬリスクもあるものである。

そうして小学校を卒業してから、通学路なんて意識にすら上がることはなかった。その日の気分に合わせて適当に道を選ぶ。行きたいように行く。いつの間にかそんな風に歩くようになっていた。


人生も同じである。自分の行く方向は、自分で決めるのである。

ただ、社会にも「通学路」がある。毎日真面目に働いて、週末休んで、日曜は憂鬱になりながら、また月曜から働いて…という一般的なサラリーマン像は、人生の「通学路」だ。

それは、人生において「事故」や「トラブル」に巻き込まれるリスクが低いばかりではない。何より安心・安全な生を我々に与えるのだ。

サラリーマンとして生きるとき、誰かが自分のことを見ていてくれる(ことが多い)。それが社会であり企業であり、より一般化した言い方をすれば組織と言える。穿った見方をするなら、その眼差しは通学路のときのように温かみに満ちたものではなく、むしろ組織からの”監視”、”管理”とも言えるかもしれない。

人生の通学路破りとは、こういう安寧を捨てて少し冒険することだ。

「なんか退屈だなあ」と、小学生の時分にちょっと違う道を行ったりしたように、人生も同じようにちょっと違う道を行ってみる。”監視”をしている組織(もしかしたら、家族ということもありうるが)がもしかしたらいろいろと言ってくるかもしれない。

それは学校でいえば先生かもしれないし、同級生かもしれない。そんな声に耳を傾けることもなく、通学路を破るのはなかなか難しい。人生の通学路破りをしようと思い立ったときにも、あのときに感じた「うっ」というような抵抗感、罪の意識―というと、大袈裟すぎるだろうか―が、自分の奥底からわき上がる。

しかし、こうした感覚を超克した先にしか、「通学路破り」の快感はない。人生の途中に人糞のごとく醜いものが落ちていることもあるかもしれないが、それもまた人生の経験だ。

「旅じゃ有りませんか、誰だって人間の生涯は。」

そう残したのは島崎藤村だったか。肉体が許す限り、ひとは人生という旅を大いに冒険すべきなのだろう。

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