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初めてのハンガリー語の旋律はもう聞こえない
ハンガリーのブダペシュトで開催されていた世界陸上が終わった。
ハンガリーという国は私にとって少し特別な国である。というのも、わたしは大学の時分外国語学部に所属しており、英語やフランス語などのメジャーで将来使えそうな言語を学ぶわけでもなく、ハンガリー語というマイナー言語を学んでいたのである。
ハンガリー語が特に役に立つタイミングは就職してから一回もないが、今ではそういうものこそが教養であると割り切って生きている。
もっとも、ハンガリー語と言われてもどんな言語なのか、皆目見当がつかないだろう。地理的に見ればポーランドやオーストリアに近いからそこら辺の地域と言語が近いのかと思いきや全くそんなことはない。欧州の言葉ではやや珍しい言語体系をしている。
綴りこそアルファベットだが、響きや文法体系は欧州の言葉に比べるとかなり独特であり、一説には「白人にとって、ハンガリー語はもっとも習得が難しい言語の一つだ」などと言われることもある。
不勉強がたたってか私もハンガリー語の学習には大変苦労したのだが、大学で使っていた教科書の前文に書いてあったことが今でも印象に残っている。
それは「読者諸君はハンガリー語を聞いたこともないでしょうが、だからこそこの教科書で触れるハンガリー語の響きなどに耳をすませてください」というような内容だった。
分からない時にしか聞こえない音があって、分からない時にしか見えない言葉がある。初めてCDを回して聞こえてきたハンガリー語は、頭の中をかき回されているような感覚を呼び起こした。聞いたことのないリズムと発音に、不思議な気持ちになったものである。
誰しも、初めてのあの日のことを忘れてしまうのが人間である。初めての鮮やかさと彩りと美しさを、あの日のまま思い出せる人はほとんどいない。
世界陸上で久しぶりにハンガリーに触れ、おもむろにYouTubeでハンガリー語の音源を聴いてみても、ほとんどハンガリー語の言葉たちは聞き取れない。それでも大学に入学して初めて聴いたあの時のハンガリー語のしらべは、もう私には聞こえなくなっていた。
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