ピアノの音

高校受験が終わり、何となく暇を持て余していた私は、久しぶりにピアノにふれる。しかし、すぐに違和感を感じた。
こんな音だったかな……。
好きだったJポップもゲーム音楽も、なんだかしっくりこなかった。
違和感の答えを知りたくて、階段を駆け下りた。
「お父さん、CD貸して」
「おっ?恵美もやっとクラシックの良さに気づいたか!」
「貸して?って聞いてるんだけど。ピアノのやつ」
お父さんが得意気な顔をするものだから、何だか腹が立つ。お父さんは、それからも何だかんだと喋っていたが、CDをかける所までやってくれたので感謝はした。
小さなノイズと呼吸音、そして緊張感が肌に触れた後、柔らかな悲しみが空気を揺らした。
これだ。これがピアノの音なんだ。時に柔らかく、時に刺々しく、感情が音となって心を揺らしつづける。重い和音が複雑な思いを作り、しなやかな旋律が私の心臓を撫でた。
ノイズ混じりの拍手を聞いた時、感情の波から引き離され、私は静かなリビングに戻ってきた。
これがピアノの音なんだ。私は1度だってピアノを弾いていなかった。
涙が流れそうになって、急いで自分の部屋に戻った。ふらふらとピアノの前に座り静かに泣いた。悲しいのか悔しいのか、それとも寂しいのか、よく分からない涙が目の前を歪ませていく。
しばらくして、開け放したままの部屋のドアから、控えめにノックする音が聞こえた。
「恵美、今週末のコンサート行くか?ほら、お母さんが行けなくなったから」
泣いていることに気付かれたくなかったから、振り返らないまま鼻をすするのをやめた。
言いたいことはいっぱいあったけど、私は黙って頭の上に丸を作った。