【覚書】田ノ浦海岸にて

 日本海のどこが好きかというと、荒々しいところだ。
 私は堤防の上に仁王立ちして、岩場へぶつかる波の音を聴いた。それから息を深く吐いて、また吸い込み、潮の香りで身体じゅうを満たした。
 時刻は夕方頃で、顔を上げれば青磁の肌のような薄暗い水色をした大きな空が広がっており、そこへ、ちぎった綿菓子のような灰色の雲が浮かんでいる。続いて目線を、水平線の方へと向かって下げていくと、丁度空と海の境目に夕陽の朱がわずかに滲んでいるのであった。
 一羽の磯鳥が、テトラポットの上で息を潜めていた。小さな身を屈めてその羽をふるわし、いまに飛び立ちそうだ。
 波立つ海原の方へ飛んでいくのだろうか。磯鳥の体はそちらを向いていた。私は、その様を見届けたいと思った。
 堤防の上へ腰掛けて、ぶらんと脚を垂らした。鞄の中から煙管を取り出し、煙草の葉を詰めた。そうして煙管の吸口をくわえて、雁首を傾けライターで火を付けようとしていたところで、脇から、バサバサと鳥の羽音がした。見ると先程の磯鳥が、海の方ではなく磯の松林の方へ飛び立ち、木々がつくる影の中へ消えていった。
 
 
 

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