岩村城

 早馬が危急を報せにあわただしく入ってくる。

「CEOに注進〜!」と、ばたばたと登城していく。

 「武田軍、岩村城を囲みました!」

 「で、あるか。」

もちろん予想通りである。武田がこれからの海上封鎖を乗り切るには近江ルートを確保せねばならない。北は上杉に抑えられており進出は難しい。そもそも雪に閉ざされるものだし、飛騨経由で日本海に出るのもなかなか難しいだろう。将軍の差し金はあるだろうが、理のない戦いはしない。信長につくか、それとも敵対するか。もう賽はいつ投げてもおかしくない状況である。

 「して、いかがしますか?」

返答はノータイムだった。

「すまん。状況的にちょっといけないわ。本当に申し訳ないがちょっと頑張っといて。なるはやで行く手配はしようと考えてるから。頑張ってもらいたけどダメだったら無理しなくていいからなんとかお艶を逃して。」

苦しい状況は伝令も痛いほど分かる。今は織田の本社が山場を迎えているといえる。

(いやだってさ、岩村とったって美濃通るでしょ。そう簡単に通れないし。知多とか熱田やられた方がやばいからさ。さすがのこのタイミングかよ。やっぱ信玄だな。あ〜もうイラッとすんなあ。。過労死ライン超えちゃうじゃん。ちょっと寝よ。)

 11月にはいる前にはもう戦況が漏れ伝わるようになった。岩村城はもともと武田方の城である。領内を通る人々の情報から起こる全体的なざわつきが徐々に大きくなり、城だけでなく周囲に伝染していた。前回は何とか打ち破ってくれたが今度は援軍が来ないらしい。もうこれは難しいのではないかという雰囲気が蔓延している。それに加え、遠江には武田本体が侵攻しており破竹の勢いというではないか。

 3月、支援のない岩村城は落城する。そこはもともと武田の城である。厳しい処置はなく、求められたのは切腹の代わりにお艶の嫁入りであった。

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