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映画『ラストナイト・イン・ソーホー』評――そこに連帯はあったのか

 ファッションデザイナーという夢を叶えるため、首都ロンドンはソーホー地区に上京したエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)。しかし専門学校の学生寮の雰囲気に馴染めず、古びたアパートの一室で一人暮らしを始める。するとその夜からエロイーズは、サンディ(アニャ・テイラー・ジョイ)という60年代のソーホーに生きた女性の人生を、夢の中で追体験するようになる。サンディの夢に向かって真っすぐな生き方に感化されたエロイーズは自信を取り戻し、学生生活もうまく回りだす。なるほど、エロイーズとサンディによる時を超えたシスターフッドを描いた映画なのかと思ったところで、中盤、終盤と意外な方向へ物語は展開する。

 シスターフッドとは、日本語では女性同士の連帯や絆という言葉で表されることが多いようだ。連帯というからには、相互的な関係であるのだろう。劇中でサンディがその生き方によってエロイーズを救ったことは(本人に自覚はないとはいえ)、確かなはずだ。では逆にエロイーズがサンディを救うことはできたのだろうか。劇中の描写をもとに考えてみたい。


 以下、作品のネタバレを含みます。


 60年代のソーホーに生きるサンディの夢は、大きな舞台で歌手として歌うことであった。歌声に自信のあるサンディは、界隈の顔役であるジャック(マット・スミス)にもその才能を認められ、夢への階段を一足飛びに駆け上がっていく、かに思えた。エロイーズを勇気づけたのも、その自信に満ち溢れた振る舞いだったのではないだろうか。しかし、サンディを待ち受けていたのは、60年代ソーホーの暗い現実であった。

 サンディを輝く舞台に導いてくれるはずのジャックは、実はポン引きだったのだ。サンディはジャックによって、金や権力を持った男性の相手をすることを強いられてしまう。

 彼女の前に入れ代わり立ち代わり男性が現れる場面が印象的だ。男性に名前を聞かれたサンディは、アレクサやアンディなど、様々な名前を名乗る。サンディとは歌手として舞台に立つための名前であり、ここで男性の相手をさせられているのは別の自分だと考えて、自分の心を守ろうとしたのではないだろうか。終盤になると、サンディは自分を犯した男たちをみな、寝室で殺害していたことが明らかになる。かつてサンディが暮らし、今はエロイーズが暮らすあの部屋で男性が一人死ぬとき、同時に一人の女性も死んでいったのだろう。

 この場面、鏡の中からサンディを見つめるエロイーズの心配そうな、もしくはサンディがどうするのか見定めようとするかのような表情の演技も、かなり印象的で素晴らしかった。どれだけサンディの身を案じても、エロイーズが見ているのは過去の出来事であり、介入することは決してできないのだ。鏡の向こう側からこちらに振り向かせようとエロイーズは必死に呼びかけるが、遂に鏡を叩き割ろうとも、彼女の声はサンディに届かない。それどころかエロイーズは、サンディを襲う男性たちのビジョンを、昼の街中でも幻視するようになり、次第に精神を蝕まれていく。

 終盤になって遂にサンディはアパートを引き払って地元に戻ることを決心する。ここでまた一気に物語が動き出す。実はエロイーズに部屋を貸し出していた大家のミス・コリンズの正体がサンディであり、秘密を守るためにエロイーズを殺そうとしたのだ。

 しかし自らが殺されそうになっても、エロイーズはサンディ(=ミス・コリンズ)の苦しみに寄り添う。炎上する屋敷の中で、サンディ殺された男たちの亡霊にサンディを殺せと唆されてもエロイーズはその言葉を否定し、「生きてほしい」とサンディに告げて彼女を炎の中から連れ出そうとする。しかしサンディは「お前に私は救えない」「自分を救え」と言って炎の中に消えるのだった。

 エロイーズの手はサンディに届かなかった。しかしサンディがあの部屋の壁の中や床下に死体を隠したというのが真実であれば、屋敷の焼け跡からは多くの人骨が発見され、当時の状況が捜査されたのではないだろうか。エロイーズの行動をきっかけに、60年代のソーホーでどんなことが起きていたのかが明らかにされたならば、あるいはサンディの供養になるのかもしれない。

 物語の最後、サンディになりきることをやめて本来の髪色に戻したエロイーズは、校内の発表会で堂々と振る舞う。鏡の中に母親と、そしてサンディの姿を認めたエロイーズは、今度はしっかりと互いに向かい合い、サンディはエロイーズにエールを送って映画は終わるのだった。

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