マクドナルドが食べたい瞬間
たまに無性にマクドナルドのダブルチーズバーガーを食べたくなる。いや、本当はあんなもの食べたくはない。マクドナルドのダブルチーズバーガーを食べるという行為は、食事という生命維持のように見えて実は緩慢な自殺である。だから時々自暴自棄になって自らを罰したくなる、不意に全く理にかなっていない愚かなことをしたくなるという表現の方が正しい。あるいは「俺だっていつもルールに則ってフェアプレーをする訳じゃないんだぞ」と証明したくなる。誰に対してかはよく分からない。
そんな訳で今日の昼はマクドナルドでダブルチーズバーガーのセットを食べた。三口目くらいで後悔が始まると事前に覚悟しておいたおかげで特に失望はしなかったが、その分感動もしなかった。ポテトの最後の一本を食べ終える頃には、唇が海で二時間泳いだ後みたいになっていた。僕はすぐに家の冷蔵庫に作り置きしてある鶏ハムと茹でたブロッコリーを思い出した。そして、Dir En Greyを聴きながら帰った。
値段を度外視すればモスバーガーやフレッシュネスバーガーの方が具材の質が高いのは分かっているし、もっと選択肢を広げるなら僕はシェイクシャックを選ぶが、マクドナルドが食べたい瞬間というのは確かに存在する。店で注文するラーメンより自分で作るインスタントラーメンが食べたくなる時の心理も全く同じである。ありとあらゆるジャンクフードに対して僕は同様のスタンスを取っているし、これについては同意してくれる人も多いだろう。
しかし、世の中にはジャンクフードの方が真に美味しいと信じている人達が一定数いる。彼らがジャンクフードの方が「好き」だと言うのなら理解できるが、「良い」と言われると僕は言葉を失ってしまう。マイケルムーアかよと思う。というのは嘘で、もうちょっと詳しく話を聴いてみたくなる。「好き嫌い」と「良し悪し」という二つの似て非なる尺度を混同している人間は多いが、そういう人の偏見に満ちたスピーチを聴くのは面白い。それに彼らの食生活を鑑みれば長生きはしないだろうから、貴重な意見には耳を傾けておくべきである。
一度、三日間だけ砂糖とカフェインを完全に絶ったことがある。僕はたまにその手の軽い人体実験を全くなんの理由もなくやる。その時は四日目にキットカットを食べ、コーヒーを飲んだ。劇的な恍惚感を味わえると期待していたのだが、全く逆でちょっと気持ち悪くなった。その後もコーヒーは飲み続けているのだけれど、キットカットは未だに敬遠している。しかし、ダブルチーズバーガーにさよならを言う方法はまだ見つかっていない。
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