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人生におけるちょっとした伏線回収みたいな瞬間

 2006年のM-1の敗者復活枠にお笑いコンビのライセンスが出た。当時中学生だった僕はテレビの生放送で見ていたのだけれど、その際に披露されたドラえもんのネタが個人的に好きだった。翌日には学校で友達と話しながら彼らが敗退したことを惜しんだ記憶がある。
 それから十年以上の月日が流れたある時、不意にそのネタが懐かしくなってYouTubeで見直してみた。当時と変わらず面白く感じたのだけれど、一つの表現がとても印象に残った。渋谷系のドラえもんという設定の中で、ジャイアンが「クラブで皿を回せ」とのび太に命じるくだりがあるのだ。おそらく中学生だった僕はそれを言葉通りに受け取り、イベントを盛り上げるために曲芸というか出し物をするように迫っているのだと解釈した。しかし、見直した時にはそれが「DJをやれ」という意味だと分かった。僕は別にクラブやHIP HOPのカルチャーに精通している訳ではないけれど、比喩表現としてレコードをプレイしている動きを指しているのが想像できた。試しに調べてみると、やはりクラブ界隈で「皿を回す」という慣用表現はしばしば用いられるようだった。

 この手の業界特有の表現として、最近になって「ちんちんにする/される」というサッカー用語を知った。決して下ネタではない。「ちんちん」というのは東海地方(特に愛知県)で使われている方言で、熱いもの全般を指す。お湯が煮えたぎる音を擬音で表したのが始まりらしい。これが転じて、サッカーの試合で一方のチームが圧倒的な力の差を見せつけ、相手に手も足も出させない状態にするワンサイドゲームが「ちんちん」と表現されるのである。たしかに沸騰したお湯には触れない。言葉そのものの悪戯っぽい響きに反して、表現の発想自体はなかなか詩的である。
 僕は東海地方で生まれ育ったので方言自体は知っていたし、なんなら幼少期から中学卒業までずっとサッカーをやっていたのだけれど、サッカー用語としての「ちんちん」については最近まで聞いたことがなかった。ちょっと前からプレミアリーグを見るようになって初めて知ったのだ。ちなみに僕が最近学んだサッカー用語のお気に入りは、シュートを大きく上方に外すことを指す「宇宙開発」である。説明するまでもない気がするが、ロケットを打ち上げているように見えるのが由来だ。

 こんな風に、自分の人生におけるちょっとした伏線回収みたいな瞬間にたまに出会う。過去に読んだ本を読み直したり観た映画を見直したりすると新しい発見に溢れているものだし、あるいは全く違う感想を持つ場合だってある。その度に、今見えているものや考えている事は、かなり限定的な視点や解釈に基づいているのだと思い知る。
 電子レンジの中で回る皿をぼんやりと眺めていたらこの記事の着想を得た。牛乳は無事ちんちんに温まったが、トースターに入れたのをすっかり忘れていたあんぱんは黒焦げの隕石みたいになった。

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