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回路

 靴を履いた直後に忘れものに気づくことがたまにある。おそらく、後戻りできないという状況になると、頭の中で回路みたいなものが切り替わるのだろう。本当に必要なものは必ず事前に準備しておくので、リップクリームやら腕時計といった別になくても大丈夫な物を忘れかける場合が多い。何かを必死に思い出そうとしたのを止めた直後にフッと思い出す現象もこれに近い。その場合は人や場所の名前など、特に思い出さなくても差し障りないような固有名詞のケースが多い。
 外出中に家の鍵を掛けたかどうか不安になる時、ほとんどの場合は掛けてある。本当に掛け忘れた時というのは不安にすらならず、帰宅時に鍵を回してドアを開こうとした際に「ガチャン!」とつかえて初めて気付くものだ。しかし、それならまだ可愛い方で、最悪なのは鍵をドアにぶら下げたまま外出することである。僕の場合、施錠を忘れることなんて滅多になければ鍵を取り忘れたことも一度しかなく、幸いにも今までに空き巣に入られた経験はない。

 数年前、テレビ番組の『ヒルナンデス!』のとあるコーナーで、お笑いコンビのオードリーがイケアの椅子を破壊するという珍事があった。厳しい耐久性のテストを経て作られたその椅子の強度を試すように無理な使い方をした結果だった。その後、若林さんはラジオで謝罪しながら「ずっと事故っていた」と語った。ずっと慢心した状態で仕事を続けてきた結果が今回の一件であり、別のところで同じような事故がいつでも起こり得たというニュアンスだった。

 僕は交通事故を起こしたことがある。自宅へ向かって車を運転している途中、人気のない道路で路肩の電柱に突っ込んだのだ。同乗者や通行人はおらず奇跡的に僕自身も無傷だったのだけど、車が大破した上に周辺のインターネット回線が一時途絶えたらしかった。現場検証にやってきた警察官は、助手席に誰かが乗っていたら助かっていなかったかもしれないと言った。当時はバンド活動をしており、車内には楽器やアンプなどメンバーの物も含めた機材が載っていた。そのほとんどは無事だったのだけど、僕のポール・リード・スミスのギターだけネックが折れていた。それで予備のエピフォンをしばらく使うことになったのだけど、事故から一週間くらい経った後にそのギターのネックが折れていた。そちらの方は家にずっと置いてあったので多分自然現象である。
 
 僕は基本的に幽霊やら超能力などの非科学的なもの全般を信じていない。ほとんど全ての出来事には理由があり、論理的な説明が付けられると考えている。一見は神の悪戯のように見える超常現象の裏にも、何かしらの因果関係が必ず存在するはずだ。バンドをやっていた頃の僕は今以上に未熟で、思い出すのも恥ずかしいくらい周りが見えていなかった。きっと溜まりに溜まったツケがあの事故を呼び寄せたのだろう。僕は自分自身を戒めるように当時の記憶をことあるごとに反芻する。上手くいくと、頭の中で回路が切り替わる感覚がある。

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