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血と骨

 中学生三年の冬休み、僕は家の近所のレンタルビデオ屋で映画『血と骨』を借りた。ビートたけしの出演している映画が観たかったのだけど、いざ家に帰って再生してみると映像が中盤で途切れていた。店に伝えたところ、別の映画と交換してくれるとのことで、僕は結局『Hana-Bi』を観た。冬休み明け、隣の席だった友達が「たけしの『Hana-Bi』って映画知ってるか?」と訊ねてきた。彼は以前深夜にテレビ放映されていたのを見たことがあったらしかった。ちょっとした偶然だった。それから十年以上は経つのだけど、あの映画を観たことのある人には彼の他にこれまで二人(大学で同じゼミだった友達とホステルでルームメイトだった台湾人)にしか出会っていない。

 僕達は隣の席だったこともあってよく喋った。お互いにお笑いが好きで、深夜のお笑い番組や漫才の話なんかでよく盛り上がった。二人とも言葉選びのセンスやシュールさを特に重要視していた。僕達の間には、ヤンキーやお調子者の生徒がクラスを沸かす際に笑ってはならないという暗黙のルールがあった。みんなが盛り上がっている中、二人で顔を見合わせて「まさか今ので笑ってないよな?」と確かめ合ったものだ。僕達はクラスの中心人物を斜めに見て小馬鹿にする一方、真面目で大人しい連中を下に見てもいた。どこのグループにも属さない一匹狼を気取り、その年頃の少年が誰でもそう思うように「自分は特別だ」と信じている節があった。多感な時期に感性の似通った友達に出会えたのは貴重な経験だったと思うのだけど、中学の卒業以降、彼には一度も会っていない。というのも、僕は高校生になってから親に携帯電話を持たせて貰ったので、中学以前の友達の連絡先をほとんど知らないのである。

 僕は大学を卒業して社会人になってからラジオを聴くようになった。最初の切っ掛けが「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」で、初回から最終回までをかなり短期間のうちに全て聴いた。レギュラー放送はとうに終了しているのだけど、未だに根強い人気を誇る伝説的番組である。遡って聴いている間、僕は中学三年の時に隣の席だったその友達のことをよく思い出した。僕達がクラスメイトだった頃は放送時期と重なっており、彼はしばしばその番組を聴くように勧めてきていたのだ。そんな事なんてとっくに忘れていたのだけど、くりぃむしちゅーのトーク内容にどこか聴き覚えのあるエピソードがあると、僕はとてつもなく古い伏線を回収しているような気分になった。おそらく彼から又聞きしていたのだろう。今、僕は彼にもう一度会ってみたいとはあまり思わない。そういう機会があれば楽しめると思うし、今どこで何をしているのか興味がないと言えば嘘になる。しかし、それでも思い出はそのままにしておいた方が良いという気がするのだ。そんな訳で僕は未だに『血と骨』の結末を知らない。

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