犬の代わりに食パンを飼いたい

 町をぶらついていると、前方から一本の食パンが歩いてくるのが見えた。トーストを十五枚は作れるくらいの大きさの食パンである。パンが歩いているとは、不思議なこともあるものだ。ひょっとすると、ここ最近の暑さのせいで、イースト菌が異常な発酵を起こしたのかもしれない。そう思って近くまで寄ってみると、それは食パンではなく、一匹のふかふかしたウェルシュ・コーギーだった。しっかり飼い主も連れていた。
 犬を飼ってみたい。ときどき、独りで過ごす夜などに、そんなことを考える。しかし今の僕には、ドッグフードを買う金も、犬を散歩に連れ出してやる暇(あるいは精神的な余裕)もない。
 そこで、犬の代わりに、食パンを飼育してみるというのはどうだろうか。食パンは、犬とは違って、餌も散歩も必要としない。人に噛みつくおそれもないし、大きな声で吠えて近隣住民の安眠を妨げる心配もない。床に多少のパン屑を落とすことはあるかもしれないが、抜け毛はまったくないし、そもそも動物ではないから病気とも無縁だ。そしてなにより、食パンは犬よりもずっと良い匂いがする。毎日の夕食の後、ソファに腰かけて、膝の上に乗せた柔らかな食パンを撫でることができたなら、どんなに素晴らしいだろうか。食パンの唯一の欠点は、少々カビが生えやすいことであるが、黒い斑模様はダルメシアンのように見えないこともない。それに、どんなものでも――たとえそれがカビの生えたパンであっても――、愛情を持って接していれば、段々とかわいらしく思えてくるものだ。
 そうして、食パンがいる生活に慣れてきたら、いずれは別の種類のパンも飼ってみたい。たとえば、そう、ホットドッグとか。