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ES ④

 私がサンディエゴ国際空港に到着したのは、拘置所を出所してから数えて二十日ほど経過していた頃だった。出発の時刻は十七時だったが、私は十四時過ぎにロビーに到着した。

 私がここに来るまで ー ウィンズローから西海岸に移動してから ー これまでと同じように、ユースホステルを転々としていたのだが、特に面白い出来事もなく、また、つるめるような面白い人に出会うことも、ほとんどなかった。その頃私は『目的もなくふらふらと風まかせに放浪すること』になんとなく虚しさを感じ始めていたので、ついに福岡に帰ることを決め、インターネットでチケットを購入することにした。帰国の理由やその後の予定はその時点で何もなかったが、これ以上ここにいても時間とお金を無為に空費するだけだ、そうだそうなのだ…と、私は突如として強気になり、思い立ったその日に成田空港行きの飛行機チケットを衝動的に購入したのである。

 話が戻る。飛行機の出発まで三時間ほど余裕があったが、私はチェックイン・カウンターが開くとすぐにチェックインを済ませることにした。空港は人は少なかったので早めに搭乗口まで行き、そこで時間を潰すか、と考えた。実際に搭乗口までの道は驚くほどスムーズだったので、計画通り、素早く搭乗口に着くことができた。

 搭乗口に着いた時点で出発まで一時間以上の余裕があった。私は腹が減っていたので、残っていたドル札を握りしめSPAで少し高いサンドイッチとかなり高いビールを買うと、私は搭乗口前のベンチに座ることにした。私はサンドイッチを頬張り、高いくせにまずいビールを飲み、持っていたタブレットで無料で読める電子書籍を探し、時間を潰すことにした。

 空港における、出発までの健全なる時間の潰し方とは、一体どうやるのだろうか。私はほろ酔いになりながら、考え始めた。目の前の椅子に座っている男に目をやると、彼はヘッドフォンを耳につけ、貧乏ゆすりをしていた。
私は、その男から私の自問に対する答えが得られないことを悟ると、電子書籍を読もうとした。しかし、なんとなく集中ができず、気がつけば一時間近くの間、無料で読める電子書籍をダウンロードしては読まずに削除する、ということを何回も繰り返していた。削除、ダウンロード、削除…。私は定まらない思考の渦中で、これはこれで贅沢な時間潰しではあるな…と、思った。

 私が無為に時間を潰しているうちに、搭乗口に人が集まり始めた。時計を見ると出発の時刻まであと三十分を切っている。酒を飲んでいたせいか、時間が経つのが早かった。私は軽い尿意を催していたので、飛行機に乗る前にトイレで用を足すことにした。

 立ち上がり、トイレに向かっていく途上、左側にある窓の外を眺めると、辺りは既に日が落ちかけているようだった。黄金色の夕陽がいかにもアメリカの西海岸らしくて ー 空の下は無機質なコンクリートが広がっているだけであるが ー 私にとって、美しく思えた。歩いていると、右膝のあたりに人が軽くぶつかった。…いや、ぶつかったというより触れた、という程度だったが、私が振り向くと、薄緑色のサンドレスを着た少女の後ろ姿が見えた。一人で歩いていたので、これから親のいる搭乗口に戻るのだろうか。私はそのまま進み、トイレに入り用を足すと、洗面台で顔を洗い、うがいをしてから搭乗口に戻った。

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