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十数年憧れたエッグベネディクトを食べたら、テンションの乱高下の後、幸せが1週間続いた

2ヶ月ほど前のことである。遠征で夫が泊りで留守だった。

たまには朝ごはんを作りたくない、誰かが作ってくれたごはんが食べたい。そんな思いから、朝ごはんを食べに行く計画を事前に立てていた。

どこに食べに行こうか?ネットでお店探しをしている間の、ウキウキとした気持ちの楽しいこと。想像の中では、テレビで見るような素敵なお店で素敵に食事を楽しむ自分がいる。

色々と調べて、エッグベネディクトが食べられるお店を見つけた。10数年前に流行った気がするが、その時に食べてみたいと思ったまま、いまだに食べたことがない。

一体どこで食べられるのだ?と思い当時も探したのだが、なんだかすごく敷居の高いホテルの朝食とかでしか探し出せず、しかも価格が「朝食の価格!?」という、夕食にも匹敵する価格。

いやいや、この価格で朝食を食べるのならステーキとかを食べた方が…、と当時の私の価値観や経済状況ではとても手が出せなかった。

しかし時が経ち、私の胃袋はもはや がっつりしたステーキを受け入れる元気はない。価格は高くてもそれなりに価値のあるものなのだ、と思える価値観の変化もある。経済的にも少しは余裕が出てきたし、人生楽しもうと決めた頃である。

よし。奮発してエッグベネディクトにチャレンジだ!と意気揚々と予約をした。

ネットに掲載された写真では、テラス席から緑が美しく見える。季節は新緑が美しい5月である。

風を感じながら、日差しを浴びて輝く緑を眺め食べる朝食。なんて爽やかな朝なのだ。鳥のさえずりなんかも聞こえるかもしれない。ウキウキと浮かれた気持ちのまま日々が過ぎ、いよいよその日はやってきた。

張り切りすぎてお店に着いたのは予約時間の20分前である。もう少し道に迷ってちょうどいい時間に着く予定だったのだが、案外すんなりとお店を見つけてしまった。

通りにメニュー表は出ているのだが、そこに7時からと書いてある。さすがに早すぎるので近くを散歩することにした。お店からは早朝とは思えない音量の音楽が聴こえる。

静かな朝の朝食を想像していたが、結構にぎやかな朝食になるのだろうか。少し不安な気持ちを抱えたまま散歩し、お店に戻ったのは予約時間の5分前。お店は先ほど見た時のまま、特に変化はない。

CLOSEの札が出ていたらまだなのかと思うが、札はない。お店の中を覗いてみるとお客さんはいないが、スタッフさんはいて準備は整っていそうだ。

ただ、テラス席にある半透明のシートは開けられていない。7時になったら開けるのだろうか?

こういう場合、何時に入ればいいのだろう。
時間前だと早くて迷惑かもしれないし、でも7時ちょうどもなんだか張り切っている感がある。7時を少し過ぎてからだと、予約を入れている手前、無断キャンセルかとスタッフさんが心配するかもしれない。

そんなことを考えながらお店の中を覗いてウロウロしている私は、もはや不審者そのものである。そう気づいて、ドアが空いていたら入ろう、鍵がかかっていたら待とうと決めた。

時刻は6時58分。まぁ早いけど許される範囲だろう。

そっとドアノブを引くとドアがあいた。中を覗いてみるとキッチンのスタッフさんが気づいて「いらっしゃいませ~」と声をかけてくれる。

おずおずと中に入っていくと奥からホールのスタッフさんが出てきてくれた。予約客は私しかいないようで「〇〇様ですか?」と名乗る前に言われた。

「はい」と応えると、ちらっと時計を確認して「少し早いですが、こちらにどうぞ」と案内された。

やはりちょっと早かったのか、という申し訳なさと、今のは嫌味だったのかな?という疑問の気持ちが交錯する。

スタッフさんに不満げな様子は感じられないから、私の気にしすぎなのだろうか?なんだか「ごめんなさい」を言いそびれてしまった。

案内されたのはテラス席である。木目が分かる木の床にテーブル、籐のようなもので作られたチェア。おしゃれだ。まるでリゾート地で朝食を食べるようで気持ちがいい。

そろそろ7時になっているとは思うけど、テラス席と外を遮る半透明のシートは開けられる気配がない。写真ではシートはなかったが、どうやらこのままのようだ。

風を感じられず残念だ。でも雨の日や強風の日もあるだろうし、虫も入ってくることを考えるとやむをえない。

メニューを見るが、エッグベネディクトと決めて来ているので、すぐに注文をした。「ドリンクは?」と訊かれ、全然ドリンクを決めていなかったことに気がついた。

「ドリンク~・・・」と急ぎメニューに目を走らせていると、裏面がドリンクメニューだと教えてくれた。

見ると、ドリンクを2種類選べることになっている。食事中にオレンジジュースで、食後にカフェラテがいいかなと思い、その2種類をお願いする。

半透明のシート越しに外を見る。
うーーーん。だいぶ想像と違う。テラス席だと音楽は思ったほど音量は大きくなく気にならないが、鳥のさえずりは聴こえるはずもなく、先ほどの早く入店しすぎてしまった気持ちが引きずってテンションが落ちてきてしまった。

そうこうしているうちにドリンクが運ばれてきた。目を疑ったが、オレンジジュースとカフェラテの両方だ。

なんてことだ。そういえばカフェラテは食後にと心の中で思っただけで、出してもらうタイミングをお願いしていなかった。

ますます下がっていくテンション。
自分が悪いのだが、せっかく早起きをしてきたのにしょんぼりだ。

改めてオレンジジュースを見る。一般的なストレートのグラスに入ってくることを想像していたが、ワイングラスのようなおしゃれなグラスに入っている。こんなおしゃれなオレンジジュースは初めて見たな、と思い一口。

瞬間、びっくりした。

おいしい!爽やか!!
なんだ?こんなにおいしいオレンジジュースを飲んだことがないぞ。一体こんなにおいしいオレンジジュースはどこに売られているのだろう?もしかしてお店で生絞りしているとか?

生絞りのオレンジジュースを飲んだことがないのでわからないが、とにかくおいしい。
もったいなくてゴクゴク飲めず、思わずちびちび飲んでしまう。


おいしさにテンションもちょっと上がってきた頃、エッグベネディクトが運ばれてきた。
丸いプレートの上に、エッグベネディクトだけではなく、グリル野菜やサラダにソーセージ、フルーツに彩られたデザートまで盛られている。
おしゃれすぎて、思わず写真を撮って夫に送ってしまったくらいだ。

どれもおいしそうだ。テンションは急上昇である。はやる気持ちを押さえながら、まずはサラダに手をつける。つづいてスモークサーモンやグリル野菜を少し食べ、いよいよお待ちかねのエッグベネディクトに。

マフィンの上にベーコン、さらにその上に丸みを帯びた卵がこんもりと載り、たっぷりかかった黄色いソース。

10数年恋焦がれてきたこのフォルムにいよいよ入刀である。真ん中からバッサリと、まるでホットケーキを食べるときのようにナイフを入れる。

瞬間、あふれ出す黄身。
私の想像では半熟卵のようにとろっと黄身が流れ出るはずだったのだが、想像以上にどばーっと黄身があふれ出していく。もはや生卵の黄身にナイフを入れてしまったくらいのあふれ方である。

あまりに焦った私は心の中で叫んだ。

大変!止血、止血!!

いや、止血ではない。そもそも私は医療関係者でもない。止血なんて言葉、文字で見ることはあっても自分の中から湧きでる言葉だとは思わなかった。だがあふれだす黄身を目の前に、これを止めるための言葉が思いつかない。

そうこうしているうちに黄身は全部できってしまったようで、こんもりと丸みを帯びていた卵は今やぺたんこである。

えっ、エッグベネディクトってどうやって食べるの?

私の目の前には、黄身の海と化した皿がある。かりっと焼き上げられたせっかくのグリル野菜も、黄身に浸されしんなりしてしまうだろう。
あまりのことに呆然として、フォークとナイフを持ったまま固まってしまう。

しばしの静止の後、ハッと我に返った。諦めがついた、とも言う。またもやテンションは下がってしまったが、仕方がない。あふれ出した黄身をつけながら食べることにする。

マフィンとベーコン、それにぺたんこになってしまった卵をフォークで一刺しし、一口サイズにナイフで切る。黄身をできるだけたっぷりつけて口に入れた。

おいしい!!

再び急上昇するテンション。ベーコンの塩っけに黄身がまろやかに絡みついて、十数年憧れた味は、やはり憧れ通りにおいしい。

いや~、これはそりゃ流行るわ。流行るだけでなく流行り続けて定番となってもいい位なのに、なぜあまり見かけないのだろう?もっと気軽に身近なカフェとかで食べられたらいいのに、と思うほどである。

グリル野菜もしっかりカリっと焼かれているからか、卵の黄身がついたからといってその食感を失うこともなくおいしいままだった。

どれもおいしい、おいしいぞ~、と食べ進めるうちに残るはデザートだけになってしまった。オレンジジュースも飲み切った。

すっかり冷めきったであろうカフェラテに目をやる。味は落ちてしまっただろうが、カフェラテを飲んでからデザートを食べたい。

一口飲んでみる。想像どおりすっかり冷めてはいるが、味は想像以上にこれまたおいしい。冷めてむしろ味が引き立ったのだろうか?味が落ちてこのおいしさなら、温かいうちに飲んでおいたらどれだけおいしかったのだろう。

先に飲んでおかなかったことを後悔するほどに、まろやかで程よいコクがあるおいしいカフェラテだった。

さぁ、最後を飾るデザートである。手のひらサイズの器に入っていて、上にラズベリーやブドウが盛られている。朝食だしヨーグルトだろうと勝手に思っていたが、なんだか黄色い色をしていて、表面は砂糖をバーナーで焦がしたようにパリパリになっている。スプーンですくい一口。

おいしい!おいしすぎる!!

これまた想像を超えるおいしさにびっくりする。こんなに全てがおいしいということがあるのだろうか?

滑らかな舌触りに、ほんのりとした甘み。ヨーグルトではない。プリンのような味のこのデザートは一体何物なのだ!?

今思えばクレームブリュレだったのかもしれないが、謎のおいしい食べ物としてぺろりと完食した。

どれもあまりにおいしくて、その後1週間を幸せな気分のまま、機嫌よく過ごすことができた。エッグベネディクト。これはもはや安い食事代だったに違いない。

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