楽器の選び方ーシンバル編
皆さんが今ご覧になっているnoteというWebサービスに最近登録してみたので、「せっかくだから記事の一本も書いてみるか」と軽い気持ちで書いてみます。今回は、自分の中で理解が進んだ楽器である、シンバルについて書こうかと思います。自分の考えをまとめるために書いているようなもので、気軽な気持ちで読んでいただけると幸いです。
私は「自分のしたいことができるシンバル」ならどのような選択でも良いと思っています。加えて、楽器を活かせるかどうかは奏者にかかっていると思っています。その上で、音楽が必要としている音色の出る楽器を用いて演奏することは演奏家としての責務と考えています。未熟な身ではありますが、どうかよろしくお願い申し上げます。
この記事では最初にシンバルの製造メーカーについて、次に音色について、カップやウエイトなど、部位ごとに見ていきます。最後に、演奏するにあたって何を基準に楽器を選んでいるのかを自分の視点で書いていきます。
数多くのシンバルメーカーが存在する
この世の中には数多くのシンバルがあります。最大手Zildjian, SABIAN, Paiste, MEINLやハンドメイドが主体のいわゆる「トルコ系」であるIstanbul Mehmet, Istanbul Agop, Bosphorusなどをはじめとして大小さまざまあり、シンバルの原材料である合金を自分で作るメーカーや他社から購入した原材料をもとにシンバルの形へ加工していくメーカーなど、製造にかかわる幅も様々です。
使用している合金の大まかな種類に関してもB20(銅80%, 錫20%)をメインのラインナップに据えるメーカーもあれば、B8(銅92%, 錫8%)をメインのラインナップに据えるメーカーもあります。前者は大半のメーカーで、後者は主にPaisteのことです。PaisteはB8を使用した2002シリーズが有名ですが、B20を使用したFormula 602シリーズなどもあります。
自分の中では、B8と言えばシートシンバルでマシンハンマリングがされたものというイメージが強くありました。しかし、ARTCYMBALさんがラインナップの一つとしてB8でハンドハンマーのシンバルを作っています。これは私にとって新しい世界でした。
先に述べた通り数多くのメーカーがこの世の中にあり、さらに各社が幅広いラインナップを展開しているため、シンバルは非常にたくさんの種類があります。さらにシンバルは個体差があり、同じメーカー同じ種類のシンバルでも同一視してはいけないほどに差がある場合もあります。
メーカーの検査に合格し世の中に出回っているシンバルはどれも素晴らしいものです。しかし、それぞれに個性があるため、シンバル同士の相性を考えると問題が出てくることがあるのです。ここはシンバルを選ぶうえで楽しくもあり、難しくもあります。
そんなシンバルですが、すべてのシンバルに共通したパラメータがありますので、まずはそれらを列挙し説明していこうと思います。
前提として、時間軸から見た音について軽く述べたいと思います。打楽器に関しては、楽器をスティックなどで叩いて運動エネルギーを与えた瞬間から始まって「音が一番大きく鳴るまでの時間(この記事では立ち上がりと表現します)」「一番大きく鳴るのが続く時間(この記事ではサスティンと表現します)」「音が小さくなっていき、消えるまでの時間(この記事ではディケイと表現します)」があります。これらの要素に音色を加えたものが楽器の個性を形作っていると考えています。この四要素が非常に重要であり、こだわっているポイントです。
シンバルを構成する各要素
シンバルを構成している主なパラメータは、素材、大きさ、カップの形状、ウエイト、プロファイル、ハンマリング、レイジング、フィニッシュの8つの項目があります。ここからそれぞれについて、この記事での扱いを説明します。
1.素材
素材はB8かB20かで大別されます。
B8は各社の廉価なシリーズやPaisteで主に使われています。大まかなイメージでは高音域から中音域(スティックのピッチあたり)が多く鳴り、低音域は充実しないことが多いです。これは廉価版の耳に痛いような悪いイメージにつながることもありますが、Paisteのきらびやかで透き通るような良いイメージにつながることもあります。ここはシンバルの形状と加工が多くを占めると感じます。
B20は高音域から低音域にかけて満遍なく出るイメージで、シンバルの形状によって幅広い音作りが可能だと感じます。両者の違いが生まれる原因には、B20はB8に比べて素材が硬い事があるのかと思います。
余談ですが、銅と錫の合金においては錫の割合が16%を境に硬度が大きく変わるそうです。工学的な話は参考リンクを貼りますので、是非ご覧ください。このリンクは大阪のドラム/打楽器専門店「どらむ村」で行われた、日本のシンバルメーカー「小出シンバル」のファクトリーツアーのレポート記事です。シンバルの製造工程が詳しく書かれています。
http://actdrum.blog.fc2.com/blog-entry-58.html
2.大きさ
シンバルの大きさは音の立ち上がりと音程、音量に影響します。小さなシンバルほど少ないエネルギーで鳴り、立ち上がりが早く、音程が高く、ディケイが短く、音量が小さい傾向にあります。大きなシンバルはその逆で、鳴らすのに多くのエネルギーが必要で立ち上がりが遅く、音程が低く、ディケイが長く、音量が大きい傾向にあります。
近年は大口径のシンバルが流行していますが、ローピッチを求めていたり、大音量を求めていたり、いくつかの理由が考えられます。
3.カップ
カップの形状は音の立ち上がりと強調される音域に影響します。自分はカップの大きさと言うよりは、シンバルの口径に対してカップが占有する割合で見ることが多いです。同じ大きさのシンバルにおいてカップが大きくなれば、シンバルにおけるボウからエッジにかけての範囲が少なくなり、これによって立ち上がりが早く、高音域に重心が向かい、打感が硬くなる印象があります。小さいカップのシンバルは、同じ口径のシンバルと比べたとき、より幅広い成分が鳴り、低音域に重心が向かい、打感は柔らかくなる印象があります。ベルのないフラットライドは、シンバルがスティックから受け取り保持することのできるエネルギー量が少なく、低音域に重心が向かうサウンドの分かりやすい例だと思います。
カップとボディ(カップの終わりからエッジ前)とが滑らかにつながっているシンバルは、カップを叩いた時にシンバル全体が鳴ります。反対に、カップとボディの境にハンマリングがされていたり曲がり方が急だったりするシンバルはカップを叩いた時に、カップのみが独立して鳴る印象があります。
4.ウエイト
ウエイトはシンバルの厚さを指します。厚いシンバルは、低音域をそのシンバルの持つ最大量まで出るほど鳴らすために少なくないエネルギーが必要ですが、一度鳴れば長い間持続し、総じてピッチが高く、サスティンが長くなります。逆に、軽いタッチでは高音域が目立ち、上ずった音になることもあります。薄いシンバルは鳴る為に必要なエネルギーが少なく、小さく叩いても低音域まで鳴り、立ち上がりも速いです。その一方でサスティンが短く、ピッチが低くなる傾向にあります。
5.プロファイル
プロファイルはシンバルの断面を見たとき、平らな板と比べてどれくらい曲がっているかを指します。カーブがキツいほどシンバルの弾性が高まり、エネルギーを受け取れる量が増え、結果として音量が大きくなります。また、シンバルの主成分となる音域が高い方に寄ります。カーブがゆるいものは、強く叩いてもシンバルがエネルギーを十分に受け取る事ができず、音量が小さくなります。また、ボディをチップで叩いた時に出る音の最大値とエッジをクラッシュした時の音量の差は、カーブが緩いほど少なくなります。シンバルの主成分となる音域は低い方に寄ります。同じ厚さの鉄板とそれでできた料理のボウルをイメージしてもらうとわかりやすいかと思います。また、これに関してはカップの高さにも同様のことが言えます。よく使われる言葉でいうなら、カーブが緩やかなシンバルはオープンなサウンドで、カーブのきついシンバルはフォーカスされたサウンドとなります。
ちなみに、Zildjian のConstantinople のmedium thin Lowとmedium thin Highの違いは、主にHighの方がカーブがきつく、Lowの方が緩い点です。mediumに関しては、medium thin Highよりさらにカーブがきつく、なおかつウエイトも増えています。下のイメージ図では、右よりも左のほうがより音がフォーカスされる印象があります。
図1 二種類のプロファイルの例
左:カップ近くは水平で、ある点から急に曲がる
右:カップ付近から滑らかに曲がり続ける
二種類のプロファイルで始まりと終わりの高さは同じ
6.ハンマリング
ハンマリングはシンバルから出る音の成分の種類の数を変化させます。小さく規則正しく少ないハンマリングはボウルを叩いたような単一の音に近く、大きくランダムで多いハンマリングは沢山の異なる成分を生み出します。これはハンマリングで作られたシンバルのへこみの各部分での波の伝わり方が複雑に変化することによる気がします。また、ハンマリングは金属疲労によるシンバルの硬化を進めます。トルコ系に多く見られるプロファイルのカーブが少なく、薄く硬めのシンバルは、沢山の細かく浅いハンマリングによる金属疲労が引き起こす硬化が強く出ていると言えると思います。
7.レイジング
レイジングはシンバルのウエイトと密接に関係し、施されているものはウエイトが落ち、施されていないものはウエイトが保たれます。ウエイトが同じもので比較すると、レイジングのあるものはサスティンが長く、高音域まで鳴るものが多く、レイジングのないものはサスティンが短く、高音域の成分が少ないものが多く感じます。レイジングはシンバルの一部だけに施すことによって特定の音域のみを強調することができます。例えば、omniに代表されるエッジ部分のみのレイジングはクラッシュの素早い立ち上がりとライドのサスティンを両立させるのに役立っています。また、SABIANの3-point rideにおけるレイジングの残りも、ボディ中頃の中音域を抑えるのに役立っています。
8.フィニッシュ
フィニッシュは、シンバルとスティックが接触した時に出る音に影響を与えます。トラディショナルフィニッシュと呼ばれるような、レイジングしたままの(その後ラッカー塗装を行うものもあります)フィニッシュではレイジングがそのまま残る為、スティックとの接触面積が少なくなります。これによってスティックの鳴る音が大きく、曖昧な言い方ですが、像がハッキリします。一方ブリリアントフィニッシュでは、表面が磨かれて滑らかになっている為、シンバルとスティックとの接触面積が広くなり、像がボヤける傾向にあります。この違いは机を指先で叩くことと指の腹で叩くことの違いをイメージして頂くと良いかと思います。
裏面だけをブリリアント加工することでスティックのヒットした音像をクリアに保ちつつ、ボディの音を落ち着かせようとしている(と思われる)ものもあります。
どんな楽器を使うのか
さて、ここまでシンバルについてスペック面を述べさせていただきました。ここからは音楽にシンバルを取り入れるにあたって、何に着目して楽器を選んでいるのかを述べようかと思います。抽象的な表現が多くなりますが、ご勘弁ください。
私がシンバルを選ぶとき、まず気にするのは必要とされている音の立ち上がりとその音色です。私の場合、バラードで使いたいハイハットは立ち上がりが遅くでディケイの長いもので、ファンクで使いたいハイハットは立ち上がりが早くディケイの短いものです。曲で使う一番短い音価の中でシンバルの音の変化(立ち上がりの始まりからディケイの終わりまで)が収まっていると、扱いやすいと思います。また、ライドに関しては連続して叩く楽器なので、それぞれの音を分離したいのかスムーズに繋げたいのかと言う点も考えます。クラッシュについては、音楽のテンポとクラッシュの立ち上がりの兼ね合いを考えます。
次に考えるのは、必要とされている音量です。それぞれのシンバルには適切な音量の幅があります。薄く音量の小さいシンバルで大きな音を無理に出そうとすれば、シンバルの寿命を著しく縮めるのはもちろん、必要としない無駄な高域成分が鳴ってしまい、シンバルから意図された音が出ません。また、十分なサスティンが稼げず、ほかの楽器に埋もれる原因にもなります(この点はZildjianのSpecial Dryなどドライ系のシンバルにおいて寧ろ長所として扱っている部分もあります)。
ドラムのスタイルによってシンバルの扱い方は様々です。他の楽器と合わせるときと同じように叩いてみて、曲中の一番大きい音が出る叩き方がシンバルの出せる大きさのレンジの3/4あたりになるようなものがベストだと思います。シンバルの出せる限界ギリギリの音量を常に叩くと、更に音を出そうとした時に困るからです。ただ、この点は太鼓とのバランスも関わります。
このタイミングで注目すべきポイントは、シンバルの音色変化の仕方です。シンバルは軽く鳴らす音と強く鳴らす音が音色面で違いますが、その変化の仕方はものによって様々です。ライドを例にあげれば、「シャーン」だったり「コーッ」だったりするシンバルのクラッシュ成分が、小さい音から大きい音に渡って徐々に増えていくものもあれば、ある強さを境に大きく変わる物もあります。シンバルのサウンドは叩く場所や強さを変えることによって「カップから出る音」「ボディから出る音」「エッジから出る音」「スティック自体の鳴る音」のバランスを変えてコントロールするので、これらの成分がどう変化していくのか意識を向けることで、シンバルの性格を捉えることができます。例えば、「小さい時はスティックの音と高音域から中音域が良く鳴るが、強く叩くにつれて、それらは大きく変化しない一方で低音域のワンワンなる成分がどんどん増えるシンバル」や「初めはスティックの音と低音域が鳴り、ある場所を境にして急に高域のクラッシュ成分が出てくるシンバル」、「小さく叩いた時からシンバルが持つ音域全体が鳴り、強く叩くにつれて全体の音量が等しく増加していくシンバル」などがあります。ちなみに一番最後のものは、私がZildjianのシンバル全体に感じたものです。私はこの点を「叩く強さによって音色が極端に変わらず安定して叩ける、利点である」と捉えました。
いくつか自分のイメージを図にしたものを下に載せようと思います。何となくのイメージなので、細かい部分は詰めていません。
図2 たたく強さの変化によるシンバルにおける音色の変化の二種類の例
次に、シンバルのピッチと音色についてです。私はほかの楽器の出す音域との兼ね合いを気にしてシンバルを選ぶことが多いです。例えばピアノトリオでピアノがソロを弾いているとき、ソロの始まりは低い音のシンバルで始め、演奏が盛り上がりテンションが強まるにつれて高い音の出るシンバルにしたり、たたき方で高音成分を増やしたりすることがよくあります。人間は高い音の音量を大きくとらえ、低い音の音量を小さくとらえがちです。また、低音のほうが高音よりも拡散するため、高い音と低い音では実際に出ている音量を変えることが聴覚上の音量をそろえる上で必要になってきます。このあたりの話はシンバルのマッチングにつながります。
シンバルのマッチング、つまり組み合わせの考え方にはいくつかあります。あるシンバルからほかのシンバルに音色が移ったとき、共通する成分を持っていてほしい場合や、それぞれ役割を明確に分けておきたい場合などです。私の主観ですが、前者を求める演奏家はZildjianが、後者を求める演奏家はSABIANが好きな気がします。
今のところ、私が言葉にしてまとめることのできるものはこれくらいです。今後、考えが増えたり変わったりすることは確実にあるでしょう。その時はこの記事を読み返して苦笑いしながら、新しい版を書くことにしようかと思います。とりあえず、忘れてはいけないのが、ドラムはあくまで音楽を作る一つのパートに過ぎず、ほかの楽器との関係性が非常に重要という話。大切にしていきたいです。
最後に、今回の記事を書くにあたってご協力いただいた新宿の楽器店、「山野楽器ロックイン新宿 ギター&ドラム館」の皆様、本当にありがとうございました。とてもやさしく知識の豊富な店員さんがいらっしゃるので、一度遊びに行かれてみてはいかがでしょうか。
https://www.yamano-music.co.jp/shops/rockinn-shinjuku-1/
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。これからも音楽と真摯に向き合い精進していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。