ピエール・ルメートル『その女アレックス』雑感想




雑感想シリーズですが、noteに移行することに決めました。当り障りのない感想は基本的にnoteに書いていくのでよろしく。

ピエール・ルメートルも『悲しみのイレーヌ』に続いて二冊目です。『悲しみのイレーヌ』のネタバレがあるため、これから読むつもりでネタバレを避けたい人は読まないほうが良いでしょう。

私の雑感想は基本的にネタバレ全開、ストーリーを説明するというようなこともありません。既に読んだ人向けですのでざっくりシナリオを知りたい人にはオススメしません。

読了後に書いているのでさらっと流し読みしつつ、思い出しながら書いていきます。

では恒例の、

〇登場人物メモ

●アレックス・プレヴォ

変装と読書が趣味の美しい女。30歳。
以前はガリガリに痩せていて醜く、コンプレックスの塊だった。
彼女が誘拐されることで物語が始まる。

●カミーユ・ベル―ヴェン

パリ警視庁犯罪捜査部班長。身長145㎝で50歳近かったはず。痩せていてハゲ。
妻のイレーヌの死(冒頭早々前作のネタバレだね)から4年経ち、まだ仕事を続けているものの、第一級殺人の捜査は避けている。これでも一時期うわ言させ吐き病院と療養所を転々とした。
母が有名な画家(ヘビースモーカーでカミーユの体型はこいつのせい)でカミーユも絵を描く。読書家。
母が死に、イレーヌが死に、父が死に、カミーユをこの世に縛り付けるものは無い。
猫のドゥドゥーシュをかわいがっている。

●ルイ・アルマーニ

カミーユの部下の刑事。34歳。好奇心の塊。
裕福な家の出で、優雅さと正義感と優しさは生来のもの。カミーユとは長い付き合いで互いに長所も短所も知り尽くしている。
病院にもよく見舞いに来た。

●ジャン・ル・グエン

カミーユの上司。
カミーユとは20年来の付き合いで互いに一目置いている。

カミーユと本質的には同じだが、体型がぜんぜん違う。つまりデブ。リスみたいに頬が膨らんでいる。なぜか女性にモテる。
同じ女と結婚と離婚を繰り返している。

●アルマン

十年以上もカミーユと一緒に仕事をしている。
極度の倹約家、つまりケチ。というかドケチ。
カミーユの仮設では、彼がケチなのは死を恐れているからではないか?

アルマンは昔からカミーユに心酔している。カミーユの母が著名な画家だと知ってからは情熱と言える。それは彼が美術愛好家だからではなく、ただモー・ベル―ヴェンが「著名」だから。以来、アルマンはモーに関する新聞は切り抜いて保存し、作品の画像はパソコンに保存している。だから彼はカミーユの低身長が愛煙家のモーのせいだという事実に戸惑っている。

●ジャン=ピエール・トラリユー

アレックスを誘拐した男。
DV夫で離婚している。
息子のパスカルが行方不明になり、パスカルをたぶらかしたと思われるアレックスを誘拐した。

●パスカル・トラリユー

去年の7月に失踪している。
バカな男。過去にアレックスと付き合っていたらしい。

●トマ・ヴァスール

アレックスの異父兄。まるで父親のようにふるまう。


〇本編

カミーユは事件後一年で仕事に復帰したそうです。うん、早いな。たぶんだけど。

相変わらず文章が読みやすい。お父さんに『悲しみのイレーヌ』を試しに読んでもらったら、「こなれた感じで読みやすいね」とのこと。作者も文章上手いし、訳者もうまいんだろうな。
文章が映像的だと思う。映画みたいな感じで情景が脳内に浮かびやすい。私的には好みの文章です。


人手が無く誘拐事件の担当になったカミーユに対して、
ルイ「あなたが?」
カミーユ「おれで悪かったな」
ルイ「いやいやいやいや、そういう意味じゃありません」

かわいいかよ

「素描は、言うなればカミーユが世界を把握する手段だ」

デッサンずっとやってると、物を見るモードみたいなのになるんだろうな。描くぞ!ってなると、そのモードになって物が材質と形と陰影になる、みたいな? 物を客観的にニュートラルに見るようになるから、デッサンするんじゃないかな?

「ルイはこうしてベル―ヴェン班長と現場に立っていることがまだ信じられず、少し胸がどきどきしていた」

かわいいかよ

この小説、誘拐された女アレックスの視点とベル―ヴェン警部の視点が交互に入れ替わりながら進んでいきます。なるほど、救いを待つアレックスと誘拐事件を捜査するカミーユのすれ違いをスリリングに描く感じか?
そう思っていました(裏切られます)。

モー・ベル―ヴェンを敬愛するアルマンに対し、
カミーユ「ひょっとしておまえの母親なんじゃないか?」
アルマン「レベルの低い冗談はやめてくれ」

別にジョークを言うつもりはなかっただろう。

アルマンは足代をケチったり、手ぶらだったものの、見舞いには頻繁に来た。それは上っ面の同情ではない。
「カミーユもその時、実はアルマンは気前がいいのだと知った。おかしな言い方かも知れないし、確かにアルマンは金に関しては徹底的なケチだ。それでも、アルマンはアルマンなりのやり方で気前がいい」

ベル―ヴェン班にはマレヴァルという部下もいたが、彼は問題を起こし(前作の話)、警察を追われた。その後はどうなったのか、カミーユは知らない。

誘拐された女の素性の情報がこれといって集まらない。捜索願も出されない。

一人暮らしの大人で実家と疎遠になったら、行方不明になってもなかなか見つからないだろうなあ。人間一人の正体が分からないって怖くない?

カミーユは母の絵画を売ろうかと思っているが、オークションの封筒を開ける気になれない。
アルマン「ってことは、あんたは本当は売りたくないんだよ。おれも売らないほうがいいと思うけどな」
カミーユ「そりゃおまえはそうだろう。なんでも手放さない主義なんだから」
アルマン「いや、なんでも取っとけっていうんじゃないさ」「でも自分の母親が描いた絵ってのは、やっぱり……」
カミーユ「王家の宝石みたいな言種だな!」
アルマン「いや、でも、家族の宝石ではあるだろ?」

こういう発言を見ると、アルマンの根は純粋で良い奴なんじゃないかと思う。カミーユは母に対する感情は複雑なのでアレだけど。


誘拐犯が自殺し、女の素性と行方を探る。パスカルの恋人は「ナタリー」というらしい。誘拐された女はアレックス。変装が趣味みたいだし、別人を装うことがあったのかもしれない。

ナタリー(アレックス)が部屋を間借りしていた家の貯水槽からパスカルの死体が見つかる。硫酸を口から流し込まれたらしく酷く損傷していた。貯水槽はナタリーが設置したもの。

ここから面白くなって一気に読み進めました。

パスカルを殺したのは恐らくナタリー(アレックス)です。今までの話の軸は「アレックスは助かるのか否か」だったのが、「アレックスは一体何者なのか」に切り替わるわけです。

いやあ~面白いね。なるほどそう来たか。私はアレックスを「被害者」の枠に入れていたんだ。彼女が一人の人間だと捉えていなかったのかも。

「トラリユーの携帯にあった写真は被害者を捉えたもの、つまり誘拐事件を写したものだ。そしてカミーユも写真の女を誘拐事件という枠にはめて見ていた。だがモンタージュには一人の人間が描かれている。写真は写実でしかないが、絵画は現実だ。それは描く人間、描かれる人間、あるいは見る人間の現実であり、その人間の創造や幻想や文化や生き方をまとった現実となる」

へ~。


硫酸を口に流し込まれた遺体が過去に2件。関係があるとすれば、アレックスはパスカルに加え2人の人間を殺している。

エライ凶悪だな!?

アレックスは自分が閉じ込められた檻から自力で脱出してるし、只者じゃないよコイツ。


カミーユは手元に母の絵を残したくない。それは母に愛と同時に、恨み、苦しみ、憎しみを持っているから。カミーユは自分の人生の荷を軽くしたい。しかし自画像だけは最後まで残すか否か迷っていた。イレーヌが写真に撮り、はがきサイズの複製を作った。アルマンはカミーユのデスクに並べられたそれを、いつも愛おし気に眺めている。


アレックスが脱出した後も、話はアレックスとカミーユの視点が入れ替わり続きます。
只者じゃない女アレックス。
凶悪な殺人鬼かも知れないアレックス。
その後も3人の人間を殺し、ついには洗面台に頭を打ち付け、睡眠薬を大量に飲んで自殺します。

いや、捕まるところまで行くと思ったのでこれもびっくりした。最後はカミーユとアレックスが対峙して終わるものだと。基本的に物語は先の展開を予想しながら読むもので。

アレックスの死体が見つかり、身元が確認される。
なぜかアレックスの兄、トマがしつこく事情聴取を受けている。どうやらトマは幼いアレックスをレイプしていたらしい。
クズだな?
おまけにトマとパスカルは知り合いだった。何が起こってるのかさっぱりだ。
アレックスの母はアレックスがレイプされていると知っていた。
トマはアレックスに売春させていた。
母もそれを知っていた。
アレックスは誰かに生殖器に酸を流しこまれ、生殖器はドロドロに溶けていたが、尿道だけは雑にカテーテルで修復されていた。おそらくそれは看護師の母の仕業。

この家族、どいつもこいつも……


カミーユが家に戻ると、扉の前に包みが置かれている。中身は母の自画像。
カミーユはルイの仕業だと思い込む。どういう意味かは分からないが、何はともあれ、この自画像は残そうと決める。

「この絵が戻ってきたことがうれしかった。素晴らしい絵だ。カミーユは母を恨んでいるわけではない。この絵を残したいと思っているのが何よりの証拠だ。若いころからずっと父親似だと言われつづけてきたカミーユが、今初めて、母の自画像を見て自分に似ていると思った。そしてそう思える自分にほっとしていた。カミーユはまさに今、自分の人生を浄化しようとしている。その結果どこに行きつくかはまだわからないとしても」

カミーユはルイに母の自画像の礼を言うために二人になる。
カミーユ「ありがとう、ルイ」
しかしルイのきょとんとした顔を見て、絵を買い戻したのはルイではないと気づく。
ルイ「ありがとうって、なんですか?」
カミーユ「全部だよ、ルイ。いつも助けてくれて……いろいろ」

ほんまそれ。
というかメモになってきた。

「カミーユはこのとき、ルイの存在がどれほど大きいかに気づいた。よく知っているつもりでも、実はまるでわからないこの男が、こうしてそばにいてくれるだけでどれほどありがたいことか。もしかしたらそれは、母の自画像が戻ってきたこと以上に感謝すべきことかも知れなかった」

カミーユ、悲しみのイレーヌのような男ではやっぱりなかったよ。
暴言は吐くし、とっつきにくいし。
でもルイはたぶんほとんどまんまだよ。
カミーユのこと尊敬して、助けてくれるよ。


トマはパスカルやアレックスが殺した人間に、幼少のアレックスを売っていた。

アレックスの死の直前の行動は、とても自殺する人間のものではない。
アレックスに呼び出され、アレックスの泊まるホテルにまで行ったトマが殺人で疑われる。部屋の指紋は拭き取られ、おまけにアレックスの睡眠薬の瓶には、トマの指紋が付いている。

トマ「おれはやってない! あいつ(アレックス)の芝居だってあんたたちはわかってるよな? わかってんだろ!」
カミーユだけに向けて
トマ「あんた……あんたは完全にわかってるよな……」
カミーユ(笑いながら)「あなたはブラックユーモアが好きなようだから、この際わたしも一つ披露しましょうか。以前はあなたがアレックスを犯したが、今回はアレックスがあなたをぶっつぶした」

アレックスは兄のトマを罠にかけた。
それが冒頭の彼女の言う「計画」だったんでしょう。カミーユはそれに気づいているのか……まあでも気づいてるんだろうなあ。

カミーユは母の自画像を買い戻したのが、アルマンだと気づく。理屈ではなく直感で気づく。
小切手を差し出し、
カミーユ「ありがとう、アルマン。本当にうれしかった」
アルマン「いや、カミーユ、これはだめだ。あれは贈り物だから。贈り物なんだ」
カミーユは自画像のはがきサイズの複製を差し出し、アルマンは受け取った。
アルマン「やあ、こりゃうれしいな。カミーユ、うれしいよ!」

アルマーン!
おまえ、いいやつだな!
えー、まじか。ここまで株上げるやついる?
まじで感動した。


〇全体感想

『その女アレックス』面白かった。
カミーユもルイも、アルマンもル・グエンもいいキャラしてる。
私、あんまりどんでん返しとか好きじゃないんだけど、ピエール・ルメートルは情景描写とキャラ作りと心理描写が上手いから、面白かった。
カミーユの母への憎しみから解放される流れとか凄くうまいよ。

ただの誘拐の被害者だったアレックスが謎の女アレックスになり、殺人鬼アレックスになり、彼女は自分の心理を明かすことなく死んでしまうわけだ。
最終的にアレックスが兄、トマをはめるために死を選ぶというのが、彼女の憎しみが凄く真に迫ってくる。
復讐の為に6人殺し、兄をはめたアレックス。
かわいそうな人だけど、やっぱり怖いと思うよ。
ここまでできるアレックスはある意味凄く強いよ。
檻からの脱出にネズミを利用するところとか、勇ましいしね。

でもアレックスの心理はやっぱり完全に分かることはないんだ。
死んじゃったから。
死人に口なし。

カミーユがアレックスの絵を描くのは、現実のアレックスを見たいからか。本当のアレックス。

カミーユは誘拐されたアレックスをイレーヌに重ねていたけど、アレックスは一人の人間なのね。
イレーヌじゃない別の人間。
カミーユはこの事件があってイレーヌの死、母への複雑な感情を乗り越えた。
でもそれはアレックスには関係ないのね。
だからカミーユも結局はアレックスを利用したことになる。
この小説はアレックスの物語でもあるけど、それと全く関係ないカミーユの過去の清算の物語でもある。
何もかも失ったアレックス。
何もかも失ったカミーユ。
カミーユは、鎖はどこにも繋がってないというけど、ルイやアルマンの存在がいかに重要か気づくわけだ。

で、ベル―ヴェン警部良い仲間に恵まれて良かったな! みたいな気持ちなんだが続編のタイトル、

『傷だらけのカミーユ』

まーたベル―ヴェン警部いじめるんですか……
怖いですねー


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