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【ショートショート】ログインボーナス/憂杞

ログインボーナス

『ログインボーナス』という単調な名のゲームアプリをかれこれ十日続けている。こいつを一日一回ごとに起動すると、特に使い道もないアプリ内ポイントが一ずつ貯まっていく。それだけ。本当にただそれだけの、ゲームと言っていいかすら怪しい代物だ。スマホで手軽な癒しを求めてアプリストアを漁っていたらこいつに行き着いたが、起動後に画面に映されるのは白無地の背景と、中央に黒のわびしいゴシック体で小さめに書かれた「10P」の横文字だけ。そのくせなぜか十八歳以上の年齢制限があるからエログロ要素を期待したが、当然そんなものは欠片も感じられない。こんな詐称アプリがどうすれば公認コンテンツとして配信できるか不思議でならない。
 だが、だからこそ僕はこのゲームを愉しんでいた。「さすがにそれ三日くらいでもういいってなるわ」と言っていた大学の友人にこの10Pの画面を見せることで「僕はこのクソゲーを十日も続けられているんだぜ」としょうもない優越感に浸ることができた。それにそもそもソーシャルゲームの本懐は手軽なガチャおよびログインボーナスだろう。無駄に凝ったRPGやよくわからない戦略シミュレーション、さらに知らん奴らとの余計なコミュニケーションツールなどの詰め込みはむしろノイズで、ゲーム自体が面倒になってやめてしまう原因になりがちだ。その点『ログボ(略称)』は僕からすればこういうのでいいんだよ系のゲームなのだ。こだわり諸共メイン以外全て取っ払った感じがいっそ清々しい。

 と、そんなこんなで毎日『ログボ』を続けて、六十六日目の午前零時を迎えた。この虚無ゲーをここまで続けられているのは世界で僕くらいのものだろう。自室のベッドにもぐりつつ、お次の66Pの字面を見るためだけにアプリを起動すると、明らかにいつもとは違うものが見えて思わず「は?」と声が出た。画面中央にはお望みの数字があったが、その真下に同じゴシック体で文字列が、ことばが付記されている。
「こんなくそげーむ毎日やってるとか暇人乙」
 そう書いてあった。……は? 自覚あったの? というかやらせてるのはお前ら開発者だろ? こっちはクソと知りつつわざわざ時間割いて付き合ってやってんのに、なにが暇人だ?
 冗談にせよさすがに腹が立って、もう明日からはこんなゴミゲー辞めてやると決心しつつ、スワイプして『ログボ』アプリを閉じようとした時。
 突然、額に焼けるような激痛が走る。あまりの痛みに意識が遠のいて、気づけば朝になっていた。

 それから僕の人生は奈落に墜ちたように一変した。起きていつも通りリビングに向かうといきなり母さんに苦そうな顔をされて、おはようの挨拶もなく「やる気ないくせにダルそうに歩かんでくれる?」なんて毒を吐かれた。普段はうざいくらい甘やかしてくる馬鹿親だというのに。あまりの変貌ぶりに固まっていると今度はお荷物だの粗大ゴミだの猿のような罵声を浴びせながら、母さんはパジャマ姿の僕を押して玄関の外へ閉め出した。以来、二度とあの家に帰ることはできなかった。
 幸いスマホは持っていたからキャッシュレスが使えると思い、恥を忍んで近くのショッピングモールへ服を買いに行った。だが店員の誰にも相手にされないどころか、通りすがりの客達に息をするように罵倒されたり足を踏まれたり時には蹴られたりもした。明らかに人目につく暴行だったのに周りの誰もそいつらを責めやしない。嫌になって店を飛び出して冷静になってから思ったが、みんなして僕の無様な服装よりも頭の方ばかり睨んでいた気がした。スマホの内カメラで自分の顔を映すと「66P」と、額を埋め尽くすように赤紫色の文字が刻まれているのがわかった。
 数日後に道行く人が噂しているのを聞きつけたが、『ログボ』は貴重な時間を無駄にする生産性のない大人、いわゆるニートとその予備軍を炙り出すためのアプリだったらしい。ニュースにも取り上げられてからは手段の不確実さやら人権問題やらを散々指摘されて、挙げ句には配信停止処分を受けたという。
 が、今更そんなことを、僕が思い返したところでどうにもならない。
 あれから二百年が経った今も、額の66Pの焼印は消えない。上空七キロメートルを浮かぶ住宅街とそびえ立つ軌道エレベーター群に見下ろされながら、僕はゴミ溜めの中を這いずる日々を送っている。一般人どもは発達したインフラ技術を注ぎ込んで、地震やらの災害に襲われにくい上空へと移住した。安全な食事も空気も要らないと決めつけられた僕達を残して。
 ログインボーナスを六十六ポイント貰い続けた人間は、そのまま永久にこの世界にログインし続ける体になってしまった。そして今も変わらず額の焼印をもって「自分は無能だ」と周りの人の本能に訴えかけている。そのせいでこの最悪な環境でいわゆる同族を見つけても助け合えやしない。お互いにどうせ足を引っ張り合うだけとしか思えないのだから。
 また、午前零時を迎えた。地上にもう戻らない奴らのくさい廃棄物に酔いながら、僕は兎にも角にもスマホを弄る。飢えを紛らわすかのように、息継ぎを求めるかのように、ゴミを漁って得た充電で『ログボ』を起動する。画面に表示された数字は「9999P」のままで、とっくの昔にカンストしていた。


本作は文学フリマ広島6にてフリーペーパーとして頒布させていただきました。PDF版は以下より。

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