【途中書き・随時更新】「文芸ムックあたらよ創刊号 特集:夜」感想
※以下、本誌および各掲載作品のネタバレを含みますのでご注意ください。
本誌を読まれてからの方が楽しめる内容とは存じますが、もし当記事から「あたらよ」にご興味を持ってくださる物好きな方もいらっしゃるとなお幸いです。
「文芸ムックあたらよ創刊号 特集:夜」は通販や一部書店などで購入いただけます。詳しくは有限会社EYEDEAR様の公式noteページを参照願います。
装画・挿画
「よるを見にいく」 出口えりさん
キャンバスと絵の具?の質感も好きですし、ところどころ色のコントラストが絶妙で美しいです。赤い服の人はどの深さまでの夜闇が見えているか、彼らが立っている開いた本にはどのような物語が秘められているかなど想像しながら観られました。
「夜がきた」 サッサエリコさん
楽しげな夜祭りの予感が窺えます。視点的に茂みからこっそり覗いている感じでしょうか。夜の深さもまだ薄闇くらいで、楽しい時間は始まったばかりなのかもしれません。独特かつ絶妙な色づかいと植物との親和性もこのイラストの見どころと思います。
対談
「書いて、調べて、駆け抜けて。」 馳月基矢さん
大変興味深いお話でしたが、私(読者)は二十歳くらいでようやく小説に興味を持ったクチで公募への意欲も低いゆえ、話者さんがすごいお方である以外はあまり頭に入ってこなくて申し訳なかったです……(読みにくかった等では決してなく偏に私の力不足です)。ただ、様々なジャンルを書いて自分の得意を探る試みは私もやってみようと思います。
創作(文学賞選考委員6名による短編小説)
「現の夜、夢の朝」 梧桐彰さん
ラストの光景のために全ての積み重ねがあったような作品と思いました。同じ光景を見て主人公と一緒に感動で叫んでいる私がどこかにいたようにも感じられました。とにかく情景や景色がとても美しかったです。
「とろけたクリーム」 綾坂キョウさん
お世話になったという他者にとって「先生」は代わりがいたかもしれないけれど、主人公にとって「母」はきっと母しかいなかったことがよく伝わってきました。幼馴染が理解者でいることがせめてもの救いと思いたいですが、彼女でも少なくとも穴を埋める存在にはなりきれていないようで切ないです。
「巡礼者たち」 百百百百さん
要素が盛り沢山でどこからコメントすべきか迷ってしまいますが、ファンタジーめいたタイトルの印象とは裏腹に近代的で且つ突飛な舞台設定に惹かれるSFでした。連鎖事故ではーちゃんが亡くなるシーンを見て、同じ目標を持つコミュニティでも(特に膨大な人数がいると)様々な思惑の人がいて、そのたった一人の暴走から全体に大きな被害が出る様子にリアリティを感じました。それでもなお当人は聖域を拝んだ一員になれたことを喜べたのだろうか、などとラストの描写では考えさせられます。
「黒い鳥」 輝井永澄さん
同誌の他作品を挙げるようで恐れ入りますが、「こはねに勝てないなら死ぬ」と題材は少し似ていながら趣はかなり違っていてこちらも面白かったです(私は奇しくも直前に「こはね」を読んでいたためかその印象が強くなっておりました)。子供は寝る時間、と夜はよく言われますが、大人もまた昼と夜双方の世界を表裏一体に生きていることを窺い知れる作品です。
「明日にのぞむ夜」 蒼山皆水さん
冒頭の毅然とした大人の顔をした先生と、以降の生徒と戯れる人懐っこい先生との対比が特に印象的でした(前者のシーンを冒頭に書かれているところが特に本作の良さであると感じました)。多感な中高生など、人との接し方に悩んだ時にまた読み返したくなる作品です。
「この夜を焚べる」 小谷杏子さん
かなり特殊な状況下のロードムービーで面白かったです。福田さんと黒瀬さんは結局捕まったのかなど今後が色々気になりましたが、流れゆく夜の情景と、作品全体のしんみりとほっこりが丁度良く合わさった空気感が好みでした。
短歌(10首連作)
「光源」 岡本真帆さん
日が暮れて人々がそれぞれの営みを一段落させ、帰路についたり余暇を使って心身を癒やしたり第二の仕事をしたりする様子を、個別の視点と全体の俯瞰視点で描いたような連作でした。夜闇の中で映える(主に人工の)光から感じられる熱が心地良いです。
校閲の存在しない銭湯の言葉にずっと驚いてたい
こちらは夜という単語を扱っていないお歌ですが、「校閲の存在しない銭湯」から、昼間のうちに一仕事を終えた利用者それぞれが集まり、公的(表向き)な装いや敬語を脱ぎ捨てて気ままにくつろぐ晩の様子が浮かびます。そこで飛び交う裸に近い言葉たちに「ずっと驚いてたい」という主体からは、ただ義務的に働くだけでは味わえない人の熱に触れようとする大らかさが窺えます。
宇宙、夜、街の暗闇 外側へ溶け込むようにきょうの消灯
夜間の営みをも終えて翌日までの眠りにつく、本連作の締めの一首。思えば地球は恒星ではなく惑星らしいですから、遠くの他星から見れば(太陽など照らす存在がなければ)夜空に溶け込んで見えもしないのかもしれません。
「ナイト・バーズ」 伊波真人さん
こちらは街中の消灯もほとんど終えた深夜の、どこか寂しげながら悠然とした情景が浮かびました。その「夜」を身近に佇むあらゆるものから感じ取り、気持ちの良いやり過ごし方もとい付き合い方を探っていく主体に惹かれます。
流れゆく景色と話すタクシーの運転手も無口な真夜中に
ほとんどの建物が消灯して真っ暗な街路の「流れゆく」景色は、きっと漠然と映るものかと思われます。そんなやや抽象的な視界から主体は何かを聞き、(実際に声には出さずとも)何かを吐き出している。心遣いゆえか無意識かは分かりかねますが、無口でいてくれる運転手さんの存在も相まって、程よい空虚ゆえの心地良さを感じられます。
この夜を固めたような色を持つコーヒーゼリーを一口もらう
いま自分たちがいる夜にコーヒーゼリーを喩え、それを「一口もらう」。特別な夜のことを自らの一部として認めるための儀式か、あわよくば自らの存在ごと味覚まで知り尽くそうとしているのか。不思議な余韻のあるお歌です。
「夜を駆けない」 中靍水雲さん
全体的にタイトルの他に「可惜夜」ということばがよく合った連作でした。主観的に用いられるこのことばに主体は恋しい人への想いを重ねているようで、苦さに甘さをうずめていくような切なさを感じられます。
先輩はあたらよに似た黒猫に自分の名前を譲って消えた
実際に「あたらよ」が詠み込まれたこちらのお歌からは、先輩に対して主体が抱いている複雑な情感が窺えます。先輩は儚い夜のように、また気まぐれな猫のように「消え」てしまったのか。先輩の名前がついた黒猫は今も主体のもとに居るのか。いくら明日の陽の光をつきつけられても、主体の中の可惜夜は明けないままでいるのかもしれません。
ローソンの青がなじんでいくたびに夜は脱皮を繰り返してる
先に挙げた『先輩は~』より幾つか前に詠まれた、夜明けを感じさせるお歌のうちの一首。時が経つにつれて夜が「脱皮」を繰り返し、自身の思う可惜夜の姿から遠ざかっていくさまを、微かな色の変化から敏感に捉え続ける主体から強い愛情と未練が伝わってきます。
「さっきまでの話」 初谷むいさん
実際に主体が「きみ」に話しかけているような、口語の流暢さや間のあるリズムが癖になります。別れのニュアンスが窺える連作ですが、情景は全体的にキラキラしていて却って清々しさを感じられました。
0時。こころのまだらを光らせてわたしたち天使にも悪魔にも
深夜の0時やそれ以降は仕事もなく周りが静かなこともあってか、精神が自由になり色々と物思いに耽ることが多くなるイメージがあります。その時の思案はたいてい昼時にする思考よりも無秩序であり極端でもあり、天使のような夢想を広げることもあれば悪魔のような悲観を並べることもある。そんな「こころのまだら」が夜闇の中で多色に光るさまは、当事者にとっては醜くても俯瞰視点ではなんだか幻想的な景のように思えます。
最終回でわかるラスボス めがさめるように美味しいコカコーラ・ゼロ
本家からカロリーなどを抜いたものらしく不味そうに思えてしまうコカコーラ・ゼロですが、飲んでみると意外に美味しかったりするんですよね。「最終回でわかるラスボス」とは前述したような先入観で避けていた相手だったのか(もしくは先入観そのものだったのか)。全て終わってから初めて気付くことを爽やかに表現されているようなお歌でした。
「四季の歌」 青松輝さん
現代の風景にファンタジーや二次元の世界が融合しているような、不思議な読み心地の連作でした。十首それぞれの味わいのみならず全体の構成にも奥深さを感じられ引き込まれます。
川のほとりに等間隔で並んでいる四つの季節のうち三つは冬
同連作が『四季の歌』というタイトルでありながら七割が冬を詠んでいる(もしくは冬のような切ない感触がある)ことも相まって惹かれる一首でした。「等間隔で」並んでいるうち三つは冬ならば、残り一つは何なのか? 私は「川のほとりに」と聞いて、例えばですがその一帯に茂る草木が「冬」である中に少しだけ秋の名残があるのか、はたまた春へ向かおうとする片鱗が見えるのだろうか、などと想像が膨らみました。
あの夏、と言われてきみが思いだすちいさなちいさなちいさな光
四季とは巡るものであり、同連作も読み終えた後またはじめから再読することで輪廻を楽しめたりもできます。こちらの夏のお歌は一首のみでも「光」に対する想像の余地や「きみ」の繊細さに惹かれますが、二周目に改めて拝読すると、連作の締めにて詠まれる「夜」との繋がりの美しさも味わえました。この先いくら冬の冷たさや夜の暗がりが訪れても、季節が巡る限り「きみ」や主体は何度でも「あの夏」のような光を追い求めるのかもしれません。
エッセイ
「絵かきのリュカとまほうのつえ」 カイシトモヤさん
童話のような語り口でありながら、おおよそ何を題材とされているエッセイか分かりやすくてすごかったです。まほうのつえの力は現実でも色々と物議を醸す存在と思われますが、(皮肉ながら)注目の的でしたり「まき」には少なくともなってくれているのかもしれないと思いました。
「用水路」 オレノグラフィティさん
まず文章がとても美しく、特に『無音の騒がしさ』の描写が良く臨場感がありました。幼心に新鮮な五感を味わう密かな感動も伝わってくるようでした。初めは恐れていた用水路のトンネルの中に、ひょんなことから一度入って以降は自ら危険を冒してでも行ってしまうのは、不思議な心理だと思いつつ私も分かる気がしました。理由は私にも分かりませんが。
「夜に読みたい夜のおはなし」 齋藤明里さん
夜寝る時間に人目を盗んで読書に耽る楽しさ、とてもよく分かります。紹介いただいた3冊は書店でもよく見かけたポピュラーなチョイスで、そういえばこの小説も夜のおはなしだ! などと思いつつ楽しく拝見しました。ありありと「好き」が伝わってくる軽快な筆致で魅力を綴っていただき、どの作品も読んでみたくなりました。
「匂いの夜」 犬怪寅日子さん
ものの味や感触、そして匂いは特に、他者から聞いたり写真やビデオを観るだけでは知り得ない当事者だけの感覚と思います。本エッセイは夜にはいつも寝てしまう幼い頃の筆者の、数少ない夜間の体験が五感の隅まで隅までたいせつに噛み締めるように綴られていて、自分だけの記憶と感性の尊さが伝わりました。
書評
「夜に読みたい三冊」 永田希さん
ご紹介いただいた3冊は小説に加え論説も含めた多様な種類があり、書店やSNSでもなかなかお目にかからない作品揃いで、評者さんはよくこのような御本までご存知ですね……などと思いつつ拝見しました。個人的には『セックスロボットと人造肉 テクノロジーは性、食、生、死を“征服”できるか』の「引いた」視点を、しかと人の感性をもって社会の水面下にある闇を分析しようとする視点を、特に読んでみたくなりました。
第一回あたらよ文学賞 受賞作品
「うきうきキノコ帝国」 マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケスさん
読みはじめは重厚なSFならではの膨大な情報量に身構えましたが、読了後は社会や人心の儘ならなさに唸らされる良い小説でした。人間主観で極端に揺らぐ多様性尊重の歪さや、正義の鉄槌と称され「差別」を差別されることによる拗れなど、現代にも通ずるモヤモヤも濃密に詰まっています。前半を読んでから膨らんでいた「地球上の全生物を差し置いて火星のキノコ達に手厚くする政府」への疑問を、後半で気持ち良いくらいに突っ込んでくれたところもすごかったです。
「こはねに勝てないなら死ぬ」 岩月すみかさん
予想の上をいく展開続きが面白く、するすると喉越しが良く読みやすい文体でアウトローの精神的地獄を堪能できます。私は拝読する前から本作がライト文芸であるという前情報を受け、正直肩の力を抜きすぎて(悪く言えば侮って)おりましたが、個人的にはあたらよ本誌の中でも内容はヘビーなものでした。主要人物3名のうち特にこはねに感情移入したこともあってか、主人公きりとの抱える痛みの食い違いと不幸比べの罵り合いが見ていてつらかったですし、読後はきりがこれから何を糧に生きていくのかを思い胸が締めつけられました。自分は夜の業界について極めて無知だったとつくづく思い知らされます。
(※当記事はまだ途中書きです。以降は第一回あたらよ文学賞受賞作(+8作)の感想を、最終選考会でのお話も一部交えて目次順に記す予定です。)
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