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妹と。

私の記憶の中で一番古いものは妹に関するものだと思う。

ふわふわのタオル地にひらひらのフリルが付いた真っ白な布にくるまれた赤ちゃんが籠に乗って家にやってきた日のことを良く覚えている。ふっくらとしたツヤツヤの肌。薄い瞼を閉じてすやすやと眠っていた。
夏の日差しが布に反射して光っているように見えた。
そこに存在するだけでうわぁと胸が高揚するような柔らかくて温かくて特別な存在感。
それが初めて見た妹の姿だ。

もう一つよく覚えているのは、秋のある晴れた日に妹の小さな手を引いて一緒に歩いていた時の事だ。それは確か敬老の日で、まだ足元がおぼつかない妹が、おじいちゃん、おばあちゃん達からもらったプレゼントを嬉しそうに抱えてよちよち歩くので、私は少し体を屈めて支えるようにして歩いた。
一緒に歩いたということよりもその時の感情の方が私にとっては印象深い。

あぁ、前に私ももこんなことがあったなぁ。そうか、この子はほんの少し前までの私なんだ。ちょっと前までどこへ行っても何をやっても周りの人は私を見てくれたけど、今はこの子がその立場で私は変わったんだ。これまで私だけに向けられていたものはこれからはこの子に向けられるんだ。この子は私が辿ってきた道を辿っていくんだな。
そんな風に思った。

妹が一人で歩けるようになっても、思春期になっても、大人になっても、この子の手を引いてあげなければという意識が自分の中のどこかにあったのだと思う。
妹とは沢山喧嘩をした。
今思えば当然だ。破天荒で鳥のように自由に生きる妹にとって、姉に手を引いてもらう必要は無かったのだから。

少し前に共通の友人と会話をしていて、妹の話になった。
「あんなに優しくて、繊細で、頭のいい子はいないね。お姉ちゃんとは正反対だね。」
姉の私にそんなことをサラリと言ってのける友人の横顔を密かに二度見しながら(つまり私の事はどういう人間だと思っているのかは別の機会に聞かせていただこう)、この人は常日頃妹と深い会話をしているのだなぁと感じた。

そう。
破天荒で鳥のように自由に見えるが、確かに、妹のように真面目で、人の気持ちを察することが得意で、臆病な人はいないかもしれない。
いや、もっと真面目な人も察するのが得意な人も臆病な人もきっといるが、妹がその友人をしてそう言わしめる理由は、おそらく表面的な印象に対してとても意外な性質だからだ。

ある時はシンガー、またある時は遺跡発掘調査員。将来についてはどう考えているのかな‥と周囲を戸惑わせておきながら突然大企業の事務職に就く。いつの間にか営業マンとなり優秀な営業成績を収めたかと思えば、出産後突然M-1に出場するなどと言い出す(驚くべきことに実際に出場し、初戦で敗退した)。
突拍子のないことを大胆不敵にやってのけ、楽しかっただのもう二度とやらないだのと言いながら飄々と生きている。
その行動の多くを私は殆ど理解できないが、その裏で妹なりの葛藤があるのだろうということはなんとなく分かる。
それは時に矛盾だらけのように見えることもあるが、こういう状態を「こうとしか生きられない」と表現するのかもしれない。

生き方も考え方も、好きなテレビ番組も、音楽も、お酒の好みも全く違う。
しかし一緒にいるととても心地よい。
同じ家で育ってきたはずなのに、ある一つのテーマについて話すとき、私とは全く違う見方をする。
「これが普通で当たり前」と思っていたことを根底から疑いたくなるような驚きやパンチをくれる。
一方で同じ家で育ってきたからこそ共有できる感覚がある。
そして私が大ピンチの時は心の奥深くに届くような救いの手を差し伸べてくれる。
時に妹の方が私よりも大人なのではないか?と思うこともある。

そんな妹と飲むワインを一本選ぶのはとても難しい。
妹に「何か飲もうよ」と誘ったらきっと「お姉ちゃんのおススメでいいよ」と言ってくれるのだろうが、たまには彼女が喜びそうなものを選んでみたい。
何だろう。
スパークリングワインは好きそうだ。シャンパーニュが良いだろうか。でも私たちが二人で飲んだら味わう間もなく空にしてしまいそうだ。
前にボルドーの赤ワインを注いだらすごく美味しそうな顔をして飲んでいたこともある。
いやいや、何を考えているか分からないあの妹の事だ。これだと思って選んでも予期せぬ反応をする可能性がある…

考え始めるとどんどん分からなくなる。
やはり結局は私が飲みたいものに落ち着いてしまいそうだ。

であれば、好みかどうかは全く分からないが、辛口のシェリー、マンサリーニャにしてみようかな。
スペインはアンダルシア地方のへレスで生産されるシェリーだが、一言で言うと白ワインだ。
製造方法によって様々なタイプがあり、辛口も甘口もある。
色合いも白ワインの色のものからマホガニーまで様々。
マンサリーニャは薄い麦わら色で一見すると普通の白ワインだが、一口飲むと、その外見の印象から想像する味ではないことに驚かされる。
グラスに鼻を近づけると、フローラルで生のアーモンドのような甘い香りの中におや?と思うような酸化したようなニュアンスの独特な香りがある。
口に含むと普通の白ワインではないことがはっきりする。
ドライで複雑、アサリの出汁のような旨味、塩気。
白ワインに期待していたものを軽く裏切られるが、これが幅広い料理に合わせやすく、癖になる。

乾杯に、炭酸飲料で割ってミントを添えてカクテル風に。
きっとこれは気に入るだろう。
次は普通の白ワイングラスに入れて、ストレートで。
生ハムやサラミ、チーズなどの簡単なプレートをつまみにしよう。
サーモンが好きだからサーモンのカルパッチョも。
それだけで喜びそうだ。
更にさっきのカクテルにも同じワインが入っていると伝えたらちょっと驚かせることもできそうだ。

早々に試してみたくなるが、やはりマンサリーニャの癖のある味わいを気に入るかは不安が残る。
でもそれでいい。
つまるところ、普段飲みの気楽さで、“いてくれてありがとう“とだけ伝えられたらそれでいいのだから。

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