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深呼吸のシナリオ

とびっきりとびっきり地球の裏側から帰ってきたのっていうくらい久しぶりの更新です。書き方忘れちゃったので、ひねりもそねりもない作品に仕上がってます。少しでもお家時間のワクワクになったら嬉しいです。

 今日、彼女は結婚する。どうしようもなく好きだった彼女が、どこの馬の骨かも分からない「あいつ」と結婚する。せめて、今、隣に座っている親友の三浦だったら諦めがついたかもしれない。だって、三浦のことあんなに好きだったじゃないか。あんなに仲を取り持ったじゃないか。なんで、そのよく分からない「あれ」なんだよ。心の中で毒づきながら、俺は手に持った炭酸水を飲む。今朝、いそいそと流し込んだカフェオレが、ぐるぐると気持ちを代弁するかのように声を出す。「何を、今さら。」そんな分かりきっている様を無理矢理押し込めて、また邪念を巡らせる。いや、違うな。三浦でもきっと同じことを思っただろう。なんで隣にいるのは、「俺」じゃないんだって。こんなにもずっと一緒にいた「俺」じゃないんだって。今さら、正当化したって、何も変わらないのに。ああ、恰好が悪い。言い訳ばかりだ。全く、いつからだろう、彼女が近すぎて見えなくなってきたのは。大事すぎて身動きが取れなくなってしまったのは。そういえば、彼女を好きだと気が付いてしまったのは、高校生の時だったとふと思い出す。
「日下部、お前さっきから飲みすぎじゃない。これから美味しいもの来るってのに。それにしても、杏子ちゃん、いつにも増してとびきり綺麗だな。」
 隣に座っている三浦が俺に答えを促すように話しかける。愛おしそうに、目を細めて、ワインを一口飲み、円卓のローストビーフに手を伸ばす。
「そうか、馬子にも衣裳って感じだけど。」
「また、そうやって素直じゃないんだから。」
「別に、素直に感想を言ってるだけだって。」
そう言って、また炭酸水を喉に流し込む。あー、ちきしょう、痛いな。風邪なんか引いていないのに。炭酸が喉を通り越して、心臓の中で暴れている。言いたかった。けど、言えなかった。あの書きかけの手紙の先にあった、言葉や感情や色や表情も一緒に。杏子とは、いつでも一緒だった。いつでも言えたはずなのに、心の奥底にねじ込んだ。なぜなら、ずっと変わらない関係で居たかったから。それが、その時の俺に出来る最善のことだと思ったから。でも、この煮詰まりすぎた行き場のない気持ちをどこに飾ったらいいのか、もう見当がつかない。
「あ、キャンドルリレーだって。」
ふと、三浦の声で我に返ると、会場が喜々と声を上げながら、ぐるりと輪を作り始めた。新郎新婦、そしてここにいるゲストでキャンドルの明りを繋いでいくセレモニーらしい。キャンドルの数だけ、天使が舞い降りて、幸せになれるらしいと楽し気に司会の声が頭の上を通っていった。
「あ、陽ちゃんみっけ。」
隣を見ると、純白のドレスから、ネイビーのドレスにいつの間にかお色直しをした杏子が立っていた。うん、確かに三浦の言っていたとおり、とびきり綺麗だ。言いかけそうになった言葉を飲み込んで、杏子から渡されたキャンドルを受け取る。
「はい、これ陽ちゃんのキャンドルね。」
「杏子、あいつの隣じゃなくていいのかよ。」
「うん、優紀さんだって、お友達の間にいるし。」
そう言って、愛おしそうに「優紀さん」に手を振っている。そのまま、俺もつられて不機嫌そうに「優紀さん」(ドルチェアンドガッパーナ野郎)を見ると、不覚にも目が合ってしまった。ドルチェアンドガッパーナ野郎は、小さく会釈をすると、また隣にいる友だちとの会話に戻っていった。
「なんかな・・・癪に触るな。」
「え、なに?日下部、なんか言った?」
「いや、なんでもない。」
司会の開始の声を同時に、照明が段々と暗くなり、新郎から灯りが次々と繋がれていく。ああ、確かに、人々の手元で小さく、それでも凛と灯るキャンドルは、とても愛おしい。本当の幸せは、こんな風に色んな人の手で紡がれていくものなのだと改めて実感する。一人ぼっちじゃ幸せは生まれない。誰かを「愛おしい」と思う気持ちは、その人に伝わらなくても、このキャンドルみたいに、誰かの幸せに繋がっているかもしれない。きっと、杏子を好きになった気持ちは、蛇足なんかじゃない。
「はい、日下部。最後は、杏子ちゃんにね。」
手元に灯されたオレンジ色のキャンドルがいつの間にか、びっくりするほどぼやけている。杏子に気づかれないように、ぐっと力をいれ、上を向く。さて、ここでもう終わりにするんだ。なかなか強張って上がらない頬に苛立ちながらも、杏子にキャンドルを繋いだ。
「幸せになれよ、杏子。」
 こんな場面でも、結局安っぽい映画のワンシーンみたいな言葉しか出てこない自分が不甲斐ない。それでも、これが、「幼馴染」という理不尽な枠のギリギリの範囲内で言える言葉だった。
「分かってるわよ、陽ちゃん。」
 僕にしか聞こえない彼女の声は、ほんの少し震えていた。肝心の彼女の表情は、もう涙が邪魔して全く見えなかった。でも、それが良かったんだと、手元に灯るオレンジ色の灯りに強く言い聞かせた。

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