ある少女

泉の近くに住んでいた 1人の少女は
海を見たことがなかった

気がつけば 遠い異国の教会で
背の高い人と ツバメを空の彼方へ飛ばした
緑が良く似合う人だった

ツバメは瞳が青と緑で
少女に 海はツバメの青い瞳と同じ色だと

少女は心底すっかり未だ見ぬ海を
愛してしまった

背の高い人は 皆と同じように
手を繋いで 歩幅を合わせた

けれども 少女は ずっと
海を愛していた
心はどこか離れた場所に あるみたいだった

会いたくて 会いたくて
そばにある緑のツバメに 気がつかなかった

緑のツバメは 向けられぬ瞳を
そっと後ろから抱きしめ続けた

少女の愛おしいところ 優しいところ
愛して止まないところ

少女はツバメに やめてと言うけれど
緑のツバメは止めなかった

少女は心底すっかり未だ見ぬ海を
愛していたと言うのに

少女の髪にうっすら白髪が増えてきた頃

少女は知った
この世界に海がないと言うことに

そして
初めて知った

永くつけた指輪の跡のように
深い深い緑のツバメの愛おしさに

ああ、なによりもこの温もりが
海だったのかと

少女はそこからツバメを愛し始めた
好きという感情がなくなったら
愛情が深くなるということ

少女はツバメを想いワンワン泣いた
ツバメはそっと少女を抱きしめた

涙はどこから来たのか
翡翠色の雨が
泉の水面にそっと口づけした



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