デジャヴの夜は夢の中

あ、これ夢だな。

広々とした庭園に立つ自分を自覚するのと同時にそう思った。数年前に気に入って履いていたヒールの靴で芝生の上を歩き始める。夢の自覚はあるし、この視点が夢の中の自分のものである確信はあるが、自由に動けるわけではないようだ。こういう夢をよく見る。夢の自覚はあってみる夢。いっそのこと夢だと気が付かない方が集中して楽しめていいのに、と気持ちだけでため息をつく。それにしてもなんて気持ちのいいところだろう。広々とした芝生が広がる庭園。遠くに見える白っぽい建物。建物の傍には大きい噴水もあって、どうやら私は噴水の方向を目指しているらしい。

噴水までたどり着くと、後ろから【彼】の声がして【私】は振り向いた。あ、この人、私も知ってる。【彼】がこちらを見ながら喋り出した声を聞きなぎら、私は心の中で笑う。声の大きい人だ。でもなんだかとっても落ち着く声。しかも何故だろう。すっごく喋りやすい。言葉の選び方とか使い方、話すスピードや聞くときの飲み込み方。何もかもがピタっとハマっていて、話していて【私】がものすごく楽しい気持ちが、私にも伝わってくる。言葉って結構難しいんだよね、と私は【私】と【彼】の会話を聞きながら考える。例えば、桜の話をする時。桜、という言葉から、満開の桜並木を思い浮かべるか、桜吹雪なのか、1本の桜の木なのか、一輪の桜の花なのか、それともイラストの桜なのか。いちばん最初に浮かぶ桜のイメージは人それぞれで、話しているうちにイメージが共有されてくる。この【私】と【彼】は、この言葉に対するイメージが最初からものすごく近い感じがする。【私】が言葉がもつれる程早口で話すのを【彼】は、今日も絶好調に噛み噛みですねぇ、と時折笑いながらポンポンと小気味良く打ち返してくれる。テンポの良い会話もいつも通りだ。あら?いつも通り、ってなんだろう。私は【彼】の顔に目を凝らそうとするが、なぜかふわっとしたイメージとしてしか捉えられず、もどかしさに頭の中で舌打ちする。これだから夢は嫌なんだ。そう思った次の瞬間には、【私】と【彼】は今度は一緒にビールを飲みながら花火を観ていた。花火の光に照らされる、缶ビール片手に上機嫌に話す彼の横顔に強烈な既視感を覚える。いや、私は彼と花火に行ったことはないはずだ。ちょっと待って。彼と花火に行ったことがないって何?【彼】が笑いながら、【私】が持っているたこ焼きをパックごと受け取ってくれる。ふたりで買ったはいいが、あまりに熱そうで【彼】が先に食べてみてくれることになったのだ。熱い熱い、と騒ぎながらも笑顔の【彼】を見て、【私】もたこ焼きに手を伸ばす。横から伝わってくる彼の楽しそうな雰囲気があまりに懐かしくて泣きそうになる。懐かしいって何?そもそも、彼って誰のことだ?夢の中では、口の中の熱さすら他人事のようで全く実感を伴わない。でも熱さあまり【私】が涙目になった感覚と、懐かしさのあまり涙が滲む気持ちだった私の感覚が完全に一致して。

私は目を覚まして、スマホの画面で時間を確認する。2時7分の表示を見て、まだ小一時間も眠れていないことを理解し、どっと疲れを感じた。【彼】の顔は浮かばないけれど、誰なのかは明白だった。うつ伏せに向き直り、枕元に置いた写真立てを軽く撫でる。あんな綺麗な庭園に行ったことも、一緒に花火を見たこともない。アツアツのたこ焼きを一緒に頬張ったこともない。全部やりたかったけど、できなかったことだ。でも代わりに、一緒に水族館に行ったことや、雪景色の中歩いたこと、揚げ小籠包を買って一緒に食べたことはある。本当はもう増やせない彼との初めての思い出を夢の中でどうにか増やす。過去の体験を元に、別の初めての体験を夢に見ているから既視感があるのも当然か。自分の甘えに呆れそうになるが、それでも、先ほどの夢の思い出を思い返すと鼓動が高鳴った。ああ、こんなにドキドキしていたらなかなか眠れなくて困っちゃうなぁ。また素敵な思い出が増えるように期待しながら、私は写真立てを元の場所に戻し、布団の中で体を丸めて目を閉じた。

♬ずっと前に僕ら出会ってたのさ eyy デジャヴの夜さ 今宵ふたり

♬瞬間はエモーション ye ときめいてどうぞ

デジャヴの夜 / 松尾太陽

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?