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自然の摂理って

今朝、会社の構内で「もぐら」を見かけました。

立水栓のマスに落ちてしまい、出られなくなっていました。マスの中をウロウロしていますが、目は見えないしもぐらの力で越えられる深さではありません。

この時、助けてあげようと思いましたが、一緒に見かけた年配の方から「菌を持っているから触らない方がいい」「自然のままにしておこう」と言われた言葉に従いました。

仕事中、多少話題にしました。
なんせもぐらをしっかりと見るのが、珍しかったので。

でも、終業の頃にはすっかり忘れていました。

気乗りしない1日だった事もあり、定時で帰りました。帰り際にふと気になり、マスを見に行ったところ、まだ居ました。例のもぐら。

今日は、天候が優れなかったからでしょうが、コンクリートに囲まれたマスの中で、1日よく無事で居たなあ。

すぐに倉庫へ行き、スコップを取ってきました。
「こっちにおいで、ここに乗りな。」

無事に救出して土の上に帰したところ、
あっという間に潜り込み、見えなくなりました。

自然のままに、あのまま放っておくべきだったのか?

いや、私は違うと思いました。

もし、今日が真夏の炎天下なら…?
もし、体力が先に尽きていたら…?
もし、猫などの捕食者が現れていたら…?

もちろん、もぐらの命は無かった。

偶然にも、今朝私の目についた。
偶然にも、今日は早く帰ろうと思った。
偶然にも、帰りに私は思い出した。

私が、あのもぐらを助けた事も、
自然の成り行きだったのだと思います。

あのもぐらは、私に何を教えてくれたのだろう。

人の営みは自然に逆らう。
成り行きに任せる事が自然の摂理だ。

本当でしょうか?

人が判断して行動する事も、実は自然の摂理の中に織り込まれているのかもしれませんよね。

少なくともあのもぐらは、日頃の疲れから
萎えていた私の心を元気付けてくれました。

それでいいですよね。

(聴き屋のくみさん、お写真使わせていただきました)


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