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12/3のもやもやすること

こんばんは。
先月は書けなかった。
まあ楽しい月だったのでね!


暗い内容を書かなければならない決まりは設けていませんが、なぜかいつも暗い内容ばかりになってしまいます。





こんなことを言ったら絶対に傷付く人がいるとはわかっているんだけど、そればかり言っていても仕方ないので書くことにした。
他人をしんどさから守るためにじゃあ自分がしんどければいいのか?と思った。





ものすごく傷付いたり人間不信になったりすることがあっても、なんとかやり過ごして生きてきている。

次の日だけ休んだりとかはしたことがあるけど、例えば何か病名がついて学校や職場からいくらか離れなければならないほど体調を崩したことはない。

自律神経の調子が悪くなるのはここ数年ほぼ毎年あるけど、それでもずっと仕事はしている。
今年初めてそれを受けて少し仕事を減らしてもらったぐらいのレベルである。



なんとかやり過ごして生きていけてるというのは素晴らしいことなんだと思う。

仕事がだるいのはだるいけど、仕事があることはありがたいことだ。

職場の環境も悪くはない。と思っている。
(けどこれも実はいろいろと無意識か意識的にか目を瞑っているところがいろいろあるんじゃないかと気づき始めた。)




たぶん私は自分の持っているスキルとかスペックの割に恵まれている方だと思う。


けど、その反面、病名がついたらなんて思うこともままある。
誰か自分以外の他人がこのしんどいところから少しでも隔離させてくれたら、なんて思ってしまう。


それはきっと自分で決断することからの逃げなんだと思うけど、病名がつけられそうなぐらい自分ではしんどいのにそう認定されないという状態が何よりしんどいのである。




実際私は腰椎ヘルニア持ちなんだけど、病院でレントゲンを撮ってヘルニアですねって言われて
「ああ、自分はヘルニア持ちなのか。だからびっくりするほど腰が痛くなることがあったんだ。」
と腑に落ちたのね。

それからは
「私ヘルニアだから○○に気をつけよう」
と思えるようになったし、他人にも
「ヘルニアってこういうものだからみんなも気をつけてね!」
とか言って理解してもらったりしてるので、ある種アイデンティティのように状態が確立されることでむしろ過ごしやすいみたいなところを感じている。




だから、こんな言い方をするとあまりいい受け取り方はされないだろうけど、何か病名がついて仕事を離れられる、仕事を離れることが正当化されている人を見るとうらやましいなと思ってしまう。


そういう状態になってる人はきっとこんな自分では想像し得ないぐらいにしんどい状況なのだろうから、わざわざそこに突っ込んでいきたいなんてのは甚だおかしい話だという自覚はある。



だけど、どんなに辛くても、どんなに精神がおかしくなってる自覚があっても、どんなに生きることを終えたくても、ただ「かなりしんどい」というだけの人間として生きてきている自分にとっては、これ以上しんどくならないと病名がつかないってもうそれは生命の終わりでは?ぐらいに思うのである。マジで。



愚痴とか全然言うし、本当に究極しんどい時は周りから見てもさすがにわかるらしい。
けど、たぶんそこに行き着くまで結構耐えてしまう人間なので突然終わる人みたいな感じだと思う。

あんまり他人に弱いところは見せたくないし、それなりにデキる自分を見せないとと無意識のうちに思っているようなので、余計に弱っていく様がわかりにくいのかもなと思う。

自分の美学には則っているけど自分の健康には反していて全くこれはいいのか悪いのか。



それならばもうあかんと思う前に自分でどうにかするべきなんだけど、どうもそれも下手なもので。

すごくやばくなる前に趣味とかで誤魔化したりはするんだけど、根本の解決とかをしてるわけじゃないので油断するとすぐぶり返してしまう。

ふとした瞬間にそいつが顔を出してくるのでたまったもんじゃないですね。

趣味に没頭するとか考え方を変えてみるとか、自分なりにそいつが自分から見えないように過ごしてはいるけど、何かの拍子に目が合ってしまって途端に心がだめだめになってしまう。
そんな風に日々を過ごしている。




て考えると、小山田壮平すご!となった。


クレイジークレイマーの

病名でもついたら
いじめられないしもう少しは楽なのかな

という歌詞。これだよねー。
いじめられてはいないけど。




とはいえ、病名がついた人に対してはどうか病名のない元気な状態になってほしいと願っている。
自分もめちゃくちゃばりばり元気Yeah!めっちゃホリディになるのが一番望ましい。


それに、だめになる前に自分でやめることや変えることを決断できる強さも持っていたいですね。
「やめる」ということも一つの強さだと私は思います。





さまざまな状態を受け入れて生きよう。
またねー。

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