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グループワークと中国の浸透政策?

先に申し上げておきますが、ここで今書いていることに関して脚色は一切付けておりません。また特定の国の国民を貶める意図もございません。そのうえで読み進めていただけると幸いです。

お久しぶりですへどれぃです。今年の4月に無事希望した大学院に入学することが出来ました。専門を経済安全保障に変え、春学期は修了要件に必要な科目を8割ほど取り終え、国際政治経済論、国際経済法や科学技術政策など専門に関わる科目をいくつか履修し、研究の足固めとして充実した日々を送っています。しかしこの専門に関わる講義を受ける中で、ある種の「やりずらさ」をいやでも感じずにはいられませんでした。今回はそれについてのお話です。

「すみません、WTO改革については書けません。」

「やりずらさ」の原因となったのは国際経済法の実務に関する講義でのことでした。その講義の課題は、「今年のG7 Trade Ministers' CommuniquéのAgendaから1つを選択し、日本政府の立場からの提案をグループごとにまとめよ」というものでした。AgendaのひとつであるFree and Fair Tradeに関心を持っていた私は、コンセンサス手続きで行われている上級委員会の委員の選任手続において米国が強硬な反対を行っている問題(いわゆる上級委員会問題)の直接的な原因となっている、中国による強制技術移転・国有企業を通じた補助金などの不公正慣行に対して適切な紛争解決手続が行われていないという問題を解決すべき課題として設定し、日本政府としてWTO改革について詳細な政策提言を行うことを提案し、グループ内のメンバーもそれに了承してくれました。

ところが一週間前になって、ある問題が起きます。中国人留学生の方がWTO改革については書けないと言い出したのです。理由はすぐにわかりました。

私が入学した大学はある程度規模が大きく、世界各国から学生を受け入れているため、中国人留学生のコミュニティがあります。そのコミュニティで、とりわけ政治科目・法律科目の講義に対する不満がぶちまけられていることは私も中国人留学生の友人から何回か聞かされておりました。

その中には、たとえば国際政治経済学の講義で、経済制裁が有効に働いた事例として中国のレアアース規制を教授が取り上げた授業の後に、「彼は中国を侮辱するためにあの事例を持ち出した」など、ほとんど言いがかりに近い批判も含まれていました。

今回の講義についても同じでした。受講者のうち中国人留学生の占める割合はおよそ3割ほど。もし自分が中国に対して批判的な政策の神輿を担ぐような真似をすれば、コミュニティの中で村八分になる可能性はもちろん、最悪の場合告発により帰国時に逮捕されるリスクがあります。したがって、彼が書きたがらないのも無理がないことなのでした。

ちなみにここまで読んでくださった読者の皆さんの中には、私が提案したWTO改革がそもそもこのアジェンダで議論すべき内容から外れているのではないかと疑っている方もいらっしゃると思います。そういう方のために、英国政府がまとめている実際のコミュニケの議論の内容を以下に張り付けておきます。英語ですがすぐに読めると思います。

そういうわけで、我々のグループは発表が出来ない危機に陥ることになりました。起点を利かせて、当時米国とEUの間で議論が進んでいた、国境炭素税の導入に関するWTO閣僚理事会での検討を新たにイシューとして導入し、日本政府としても積極的な姿勢を示すことを政策提言の中に組み込ませ、その子に詳しい内容をまとめさせることによって、彼の中国人留学生コミュニティにおける尊厳とグループ発表の一貫性を両立することに成功しました。

ちなみに、ウォーリック大学でも中国人留学生コミュニティによる集団的な抗議によって、香港の人権問題に関するペイントが撤去される事件が起きています。今や学問の自由を称揚する自由民主主義国においても、中国人留学生コミュニティを利用した浸透政策と向き合わねばならない段階に来ています。

「これが日本政府が出来る限界です」

さて、無事にグループワークの困難を突破した我々のグループですが、ここでいやな予感が私を襲います。担当教員である先生は、発表者のアイデンティティがなるべく固まらないように事前に学生のバックグラウンドに関するいくつかの情報を受け取ったうえで振り分けを行っています。つまり、他のグループでも同じ問題が起こっているのではないか?

嫌な予感は的中してしまいます。他のグループの発表は、一言でいうととんでもないものになってしまっていました。CPTPPと違いRCEPには国有企業規律など不公正慣行に対応するためのいくつかの重要な規定が欠落していると、わざわざ担当教員が講義内で説明していたにもかかわらず、日本の取り組みの一つである「先進的な規定を盛り込んだメガFTAの一例」としてRCEPが取り上げるグループがあったり、Agendaの一つであるForced Labourを取り上げているにもかかわらず、政策提言が日本国内の労働状況の改善に留まっていたり…(当然のことながら、講義で取り上げたはずの人権制裁法に関する一切の議論はなされていません)。そのすべてのグループに、中国人留学生がメンバーとして加わっていました。

あまりにも酷いので、Q&Aセッションでいくつか質問をしました(もちろん先生も)。なぜ「G7」「貿易」大臣コミュニケでウイグル問題や人権制裁法などではなく国内の労働問題を政策提言に盛り込むべきだと考えたのか。かりに国内に労働問題があるとして、なぜ片落ちの提言に留まる必要があるのか。結局、得られたのは次のような解答だけでした。「これが日本政府ができる限界です。」…

学内で対応を議論するべき

ここで留意していただきたいのは、中国からの留学生を受け入れることについて、私は一概に反対していないということです。実際、中国人留学生の受け入れがその国の科学技術政策にとってプラスに働くような事例もあります。(例えば、LAWS研究の先駆である”Army of None”で有名な国際政治学者Paul Scharreのこのスレッドは参考になります)

また、中国人留学生コミュニティの意見によって他の多くの学生の学びが阻害されるから、大学はその意見を完全に無視しろという提案がしたいわけでも全くありません。そんなことをすれば、自由民主主義国が称揚する学問の自由の理念に真っ向から反することになります。

しかし、今の状況が放置されれば、政治学や法学を研究する多くの学生にとって障害となる事案が頻発することは避けられません。米中対立の長期化が見込まれる現在の国際情勢に照らすならば、大学が、あるいは各教員が、このようなリスクがあることを自覚し、対策を検討するべき段階にあると私は考えます。たとえば今回の授業に関しても、もしグループワークではなく個人単位でレポートを提出させていれば、各人にとって議論のしやすさは格段に変わっていたはずです。そういう些細な工夫でよいのです。

この問題について、大学関係者が議論を深めてくれることを期待して、筆をおきたいと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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