旅につれていくTシャツ


その人によく似合った、エキゾチックなTシャツに、一目惚れをした。


10代のおわり、わたしはフィリピンに英語留学をしていた。初めてひとりで海外に行き、毎日英語漬けの日々。周りは自分よりずっと年上の人ばかりで、なんだか心細かったのを覚えている。


「英語より、まず日本語勉強した方が良いんじゃない?」

「よく考えてから質問しなよ。」

そんな風に周りの人から言われたりもして、
まだまだ未熟な自分を思い知らされて落ち込んでいた。

わたしの留学も残り1週間というときに出会ったのが、
旅をずっと続けているという、タキさん。
彼がどこを旅してきたのかは覚えていないけれど、インドネシアで悪い人に殺されかけた話を聞いたことは、今でもたまに思い出す。

そんないろんな修羅場を経験してきたタキさんに、自分のダメなところや、悩んでいる進路について相談した。

すると、

「そのままで良いんじゃない?今の純粋さを、素直さを、忘れないで欲しい。」

静かに、真剣な眼差しで答えてくれた。

ああ、このままでも良いんだな。自分に素直に、自然体で生きるタキさんからこう言われて、自分のありのままを受け入れられるような気がした。

そんな、あたたかい言葉をくれたタキさんの日に焼けた肌によく似合っていた、イスラム教のモスクをイメージさせるTシャツに、わたしは一目惚れをした。

「そのTシャツ、可愛いですね。」

その言葉に、「ほしい!」という気持ちがにじみ出ていたらしく、タキさんはさらっと、フィリピンの大型ショッピングモールで買ったというそのTシャツを私にくれた。

「あげる代わりに、おれの好きなラーメン屋の前でこのTシャツ着て写真撮ってきて送って。」と、彼は笑った。

タキさんが大好きだというそのラーメン屋があるのは、偶然にも私の地元。

何度もそのそのラーメン屋の名前を聞いたはずなのに、なぜだかすぐ忘れてしまって、結局行けていない。

ラーメン屋に着て行けなかった代わりに、海外に行くときには必ず、そのモスク柄のTシャツを持って行く。わたしに勇気をくれる、大切な旅のお供だ。

いつかこのTシャツを着て、ラーメン屋でタキさんと旅の話をしたいと、旅先でTシャツを手洗いしながらいつも思う。



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