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手のひらの恋 青ブラ文学部

私には密かに憧れているお方がいる。
叶わぬ恋。幼い時に一度だけ出会った事がある。彼が迷子になった時、母と一緒にお屋敷まで道案内をしたのだ。
それからずっと、彼は私の王子様だった。彼を見かける度にときめいた。

そして今でも。一度だけでも会いたいという気持ちは変わらない。
私は禁断の方法に手を出してしまった。
村外れに住む魔女に願ったのだった。

魔女は高額な報酬を要求したが無理な話。
私はすごすごと魔女に背を向けた。
魔女は別の取引をしようと持ちかけた。
私の若さを欲しいと言うのだ。
そんな事をしたら、彼にもし会えたとしても私はおばあちゃん。
もう一度私は魔女に背を向けた。

魔女は、流石に意地悪だと思ったのか、こんな方法を教えてくれた。
「これは本物の男ではないが……、分身と言っても良い。男はお前との事は、夢の中の出来事としか思わないだろうが」
「それでも良いです」
私は持参した礼金を渡した。

魔女はちらっとお札の枚数を見たが何も言わなかった。
そして私の左の手のひらに、呪文を唱えた。
「この魔法は一度きりしか効果は無い。今夜の12時に手のひらを見るのだ。お前に与えられた時間は5分だ」

そう言って魔女は私の手のひらを撫でた。

12時。
私は左の手のひらを開いた。
現れたのは、手のひらに乗るほどの小さい王子様。魔女の言ったことは嘘ではなかった。

「君、誰?ここ何処なの?」
「私、アニー。ここは私の部屋です」
彼はあたりを見回す
「そうなの。君の家、貧乏?」
「金持ちではないですが普通だと思います」
「そうなんだ、僕ね、普通とか貧乏とか良くわからないんだけど、嫌だな」
「……。」
「君、可愛いね。僕の取り巻きにはいないタイプだよ。僕と付き合いたいのかい?」
私は長い間の想いが幻想だと知った。

「私、別の人と間違えちゃった。ごめんなさいね」
「そいつ、僕より金持ちなのかい?僕より美しいのかい?」

私は黙って手のひらを閉じた。
泣きたいと思った。



声がした。
「アニー、アニー」と。

声は閉じた手のひらからだ。
先ほどの声と明らかに違った。

「アニー、いるのかい?」
私は手のひらを開いた。
「あなたは誰なの?」
「ボクは仕立て屋のルカだよ」
ルカは学校が同じだったけれど物静かな少年だったのでほとんど話をしたことがなかった。

「ルカ、久しぶりね。こんな夜中にどうしたの?」
ルカの姿も手のひらに現れた。
「あの……、魔女に言われたんだ。12時5分に手のひらを見るようにって」




山根あきらさんの今回のお題『手のひらの恋』です。
ときめき……、忘れてしまいそうです😊 めい


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