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途中下車 ショートストーリー

最近、同じ夢を繰り返し見る。


夢は、いつも男性のナレーションから始まる。私の心情と状況を事細かに語る。でもそれは、ほとんど的外れで私は苛ついている。訴えても、いつだって彼からの返事は無い。私は彼を無視することに決めた。


気がつくと私はSLの木の座席に座っている。夜なので窓には自分のような女が映っているが、私ではない気もする。
やがて汽車は停車し、新しい乗客が数名現れた。ほとんど空き座席なのに、わざわざ私の隣に座る一匹の白い猫。

汽車は再び動き出す。
それが合図だったかのように、猫はポケットからコンパクトを取り出し、私に口紅を貸せと言う。
私は自分のポケットから口紅を探し出し、猫に差し出す。
猫は手慣れた様子で唇に紅をさす。
コンパクトの中の自分に満足したのか、猫はコンパクトに向かい何度もほほ笑む。コンパクトと口紅をごく自然に自分のポケットに入れた。一連の動作が驚くほど美しく流れたことに私は感動する。

目的を達成したのか、猫は私にお礼を言うこともせず、口紅を返すこともせず、隣の車両に移って行った。

私は何処へ行くつもりでこの汽車に乗ったのだろうか。お金は持っていないようだし切符も無い。焦る。
ナレーターは『次回に続く』なんてお気楽に言っているが、次回など無いと私は知っている。

仕方がない、飛び降りるしかない。乗降口に行く。扉は開いていて夜が見える。

真っ暗闇で何も見えない。見えないから逆に肝が据わる。
私は呼吸を整えて外に飛び出した。2回転したかと思うと尻餅をついていた。だが痛くは無い。立ち上がり辺りを見る。汽車の窓の明かりで見えたこの場所は、土手のような、しかも畳一畳ほどの狭いスペースしかない。
列車の向こう側に人家のような明かりが点在していたのを覚えていた私はあちら側に行きたいと思った。
列車が通り過ぎるのを待ったが、いくら待っても連結された車両は果てしなく続く。

飛び降りたことを後悔したが、毎回同じことを繰り返している。
そうだ、そろそろアイツが姿を見せるはずだ。
ほら、やはり。

アイツが切り立った崖のような場所を通り、二足歩行でやってきた。


気が付くと、私はアイツの家でお茶を飲んでいた。目の前には、えびせんが山と積まれている。いつものおもてなし。お嫌いではないのでムシャムシャ頂く。
どこかで『食べすぎだ』と声がしたが無視。


「妹が……、毎度ごめんなさい」
そう、彼はあの白猫の兄。
彼は7本の口紅を並べた。すべて私のものだ。
「いいのよ、分かっているから」
私はポケットに口紅を無理やり押し込むと彼の家を後にする。そうすれば私は自分の部屋に戻っているはずだ。いつもなら。

ドアを開けた。向こう側に私の部屋は無かった。
なぜか夢から覚めない。ここは私の夢の中ではないのか。
ここが現実?
ふと振り返ってみると、私にはサバトラ模様の尻尾が生えていた。

黒猫の彼がドアの前で優しく微笑んで両手を広げている。

ナレーターは厳かに『めでたしめでたし』と締めくくった。



了  


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