サンタクロースはいるんだ。

目を覚ますと、視界には小包があった。
赤い包装紙に、キラキラと光る緑色のリボン。

俺は小さく欠伸をし、自然と出た涙をそのままに。
起き上がって、小包に手を伸ばした。
リボンに触れ、端を少し引けば、シュルリという気持ちの良い音と共に、リボンははらりと解ける。
丁寧にセロハンテープを剥がして、包装紙を外すと、そこには俺の好きな黒みがかった青と、それとは対照的な明るい橙が交互にある縦縞模様の箱があった。
箱の上には、綺麗な『Happy Merry X'mas』という筆記体と『君に幸あれ』という行書体で書かれたメッセージカードがある。

箱を開けると、そこにはまた箱がある。
けど、今度は包装としての箱ではなく、商品としての箱がある。

「わぁ…!」

ずっと欲しかった物の名前がその箱には書いてある。
嬉しさのあまり、俺は声を上げる。
箱から手を離し、ベッドから降り、俺は自室から出る。
居間に出れば、いつも通り父さんは朝の情報番組を見ながら、母さんが淹れた珈琲を飲んでいた。
母さんも、いつも通り、父さんの昼食用の弁当を用意している。

「父ちゃん、母ちゃん!」

俺が呼ぶと、二人は俺の顔を見て「おはよ、どうした?」と声をかける。
俺は先ほど見た、あの小包の中身の話をしようと、二人に返事をした後、話を続ける。

「今年もサンタさん、来たんや! 俺にな、タイプライターをくれたんや!」

包装としての箱の中身は、俺がずっと欲しかったタイプライター。
半年ほど前、たまたま見ていたテレビドラマで、タイプライターを見てから、ずっと欲しいと思っていた。
だが、俺の家は経済的にそこまで余裕はなかった。
父さんは会社で課長という役職らしく、少し収入は良いらしい。
けど、父さんは家庭を一番に考えている人で、半年に一回は家族で近場に何泊か旅行する。……それで、そこそこ使ってしまうのだ。
だが、普段の生活は普段の生活で、何不自由なくできる為、不満なんてない。
タイプライターは、今年の夏に行った旅行先で見たドラマで出てきたのだ。

「それは良かったやんか」
「ほんま良かったね」

父さんも母さんも嬉しそうに笑う。
父さんはふと家に飾ってある鳩時計の針を見て「あ」と言う。

「そろそろ行くわ」
「もうそんな時間なんやね。気ぃつけて」

母さんは弁当箱を綺麗に包み、父さんに渡す。
父さんはそれを受け取り、鞄の中に入れる。

「今日の昼は何やろなぁ」
「昼のお楽しみやで、あんた」

いつも通りの会話を、母さんと父さんはする。
そして、父さんを母さんと一緒に俺は玄関まで見送る。

「尚人(なおと)は今日から冬休みか」

靴を履きながら、父さんは俺に聞く。
俺は頷き、父さんに言う。

「せや。でもな、冬休みの宿題は昨日、大体終わらせたんよ」
「ええ子やな。なら、今日からの冬休みは、タイプライターで文字を打ったりして、たっくさん遊び」
「おん! ほんまサンタさんには感謝しかないわ」
「ん。折角やし、お礼の手紙でも書いてみ。タイプライターで」
「さすが父ちゃんや。やってみる!」

父さんは、いつも俺が思いつかなかったようなことを提案してくれる。
父さんの提案を貰う度、大人は色々なアイデアを浮かんで凄いと思うし、早く大人になりたかった。

行ってらっしゃい、と父さんに手を振って、扉が閉まり、鍵がかかるのも確認してから、俺はすぐにあの小包の元へ向かった。

箱から取り出したタイプライター。
取扱説明書をじっくり読んでから、俺はそれを使ってサンタクロースにお礼の手紙を書いてみた。
誤字はたくさんしたけど、彼ならきっと読み取ってくれるだろう。
一時間から二時間かけて書き終わり、達成感と快感で、俺はそのまま、父さんと母さんにも手紙を書いた。

父さんが仕事から帰って来て、夕飯や風呂などを終えた後。
父さんは、サンタクロースへのお礼の手紙が書けたかどうかを俺に聞いた。
書けた、と頷くと、父さんは嬉しそうに笑った。
そう笑うのにはまだ早い、と俺は父さんに手紙を渡した。
食器洗いを終えた母さんを呼んで、母さんにも手紙を渡した。
二人は、俺から手紙を受け取り、中身を読んで涙を流した。

「嫌やった……?」

涙を流し、無言のままな父さんと母さんに、俺は聞く。
父さんと母さんは首を横に振り、ニコッと笑い、俺をそっと抱きしめる。

「こんな嬉しい手紙は初めてや」
「ほんまありがと、尚人」

ええ子やなぁ、と二人は俺の頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、俺も涙が出た。

時は経ち。
俺は大人になった。
ずっとなりたかった大人だけど、あの頃夢見ていたような大人ではない。
世の中、そう上手くいかないものだ。
それでも、まあ、何とか今は、脚本家として、幸せにやっていけている。

「天瀬(あませ)先生、これ何ですか?」

仲の良い俳優の末原(まつわら)郁翔(いくと)さんが、興味津々な目で、俺のタイプライターを見る。

「何だか古そうな物ですね」
「ああ。でも、そうでもないですよ。十五年ほど前の物ですから」
「そうなんですか。で、何ていう物ですか?」
「タイプライターです。小学生の頃にサンタクロースから貰ったんです」
「ほぅ。先生の家にはサンタクロース、来てたんですね」
「末原さんのところは?」
「宗教的な理由で来ませんでした」
「そりゃ残念」

俺はそう言って、手元にあるタイプライターを見ながら、末原さんに聞く。

「少し触ってみますか?」
「良いんですか?」
「壊さなければ」
「うっ。ヤメトキマス」

なぜか末原さんはカタコトで断った。
急にカタコトになるもんだから、俺は思わず笑った。
末原さんも笑い、その後、俺に聞く。

「でも、サンタクロースって親なんでしょ?」

よくある質問だ。
夢や希望のない現実を見せつけてくるような。
仮に現実だとしても、事実だとしても、真実ではない。

俺は胸ポケットに入れていた煙草の箱から、一本煙草を取り出し、咥えて火をつける。
ふぅ、と吹かしてから、末原さんを見て、笑って答える。

「いや、それがですね。サンタクロースはいるんだよ」

子供の頃にしか会えない。
対面することなんてない。
それでも、確かに彼は存在していて、今も子供達の為に働いている。

誰かが否定しても、俺は否定しない。
俺だけでも、彼の存在を認識し、認知し、肯定しよう。

サンタクロースはいるんだよ。


と。